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■対抗心・中

ユリウスは呆れながらも、グレイ用に常備してある灰皿を出し、窓を開けに行った。
外には夜の街が広がっている。
クローバーの塔ほどの巨大な建物になると、窓を開けても街の喧騒は遠い。
作業場は静けさに包まれ、規則正しい時計の音が小さく存在感を示すだけだ。
「それで、今度こそ本当の休憩時間なのか?」
「俺を見かねて部下たちが仕事を肩代わりしてくれた。どうか休んで下さい、と」
それもうなずける。トカゲは、疲労で顔は憔悴し、ネクタイも緩み、夢魔より彼の
方が倒れそうだ。
しかし、それ以上にどこか落ち込んでいるように見えた。
「はあ……うまく行かないものだな」
「手のかかる上司を持っているんだ、仕方がないだろう」
「いや、おまえとのことだ」
「は?」
グレイはソファに座ったままユリウスを手招きした。
仕方なく横に座ると、抱き寄せられる。
「おまえには、格好の悪いところばかりを見せているな」
「そうか?」
別にそんなものを見た記憶はない。
上司を追い、仕事に追われ、苦労しているなと、影ながら同情するだけだった。
そう言うと、
「そうか。おまえは本当に優しい奴だな」
「…………」
焦るグレイの内心も想像がつかないでもない。
恋人になる前も、なった後もグレイは扱いづらい。
元からあった、ユリウスへの男としての対抗心。それに加え、恋人であるからには
自分がリードしなくてはという、妙な義務感がないまぜになっているらしい。
忙しければ、放っておいてくれてかまわないユリウスは、ときどきすれ違いに悩まされる。
「別に優しいと言うほどではないさ、トカゲ。約束の時間を過ぎて私もすぐ帰った」
そう言うと、グレイは急に気まずそうな顔をする。
「?」
無言で続きをうながすと、
「おまえに怒られると思って言わなかったんだが……あの裏口、塔から見えるんだ」

「――おい」
それだけしか言えない。

何時間帯も待ちわびる姿が丸見え。どうりで挽回に必死だったわけだ。
「時計屋に無駄な時間を使わせて本当に悪かった」
「い、いいと言っているだろう。私は気にしない」
ぎこちなく笑みを見せると、グレイはホッとしたのか今度は自分からもたれてくる。
全身をナイフで武装した男はなかなか重い。だがこのくらいは受け止めてやりたい。
ユリウスはグレイの頭を撫でてやった。
「ん……」
緊張が緩んだのか、グレイのまぶたが少しずつ閉じられていく。
――疲れているし、このまま部屋で休ませてやるか。
グレイをそっとソファに横たえてやり、コートを脱いでかけてやる。
そのまま仕事に戻ろうとし――腕をつかまれた。
振り向くと、悪戯っぽく輝いている黄の瞳と視線が合う。
「トカゲ……疲れているのに無理をしない方がいいのではないか?」
「時計屋、おまえもずっと不眠不休だったんだろう?
半端ではないやつれ方だ。少しは鏡を見たらどうだ?」
……否定はしない。別に仕事が忙しかっただけで、グレイのせいではない。
「トカゲ。作業場は時計屋の聖域と言ったはずだぞ。
それにお互い体力を使わない方が仕事のためだと思うが」
「ルールはたまには破るものだ。役目以外のことを優先する時があってもいいさ」
そう言って、グレイはユリウスを引き寄せた。
――まったく、見栄っ張りな奴だ。

まさかそういう目的で置いているソファではないので、やはり体勢が不安だった。
コートを脱いでユリウスを組み敷くグレイに、
「な、なあ、トカゲ。やはりベッドに移らないか?」
華奢な女ならまだしも自分は大の男だ。だがグレイは、疲れた顔に笑みを浮かべ、
「その時間も惜しいな。それに落ちそうになったら支えてやるから気にするな」
「おまえなら本当に出来そうなのが怖いな」
「何なら試してみるか?片手で支えてやるぞ?」
そう言って、ユリウスの身体を床の方に押す。
「お、おい!」
ユリウスはあわててグレイに抱きついた。
ハッと気づくと、グレイが吹き出す声が聞こえた。
「この爬虫類が……」
怒って身体を離そうとするが、逆に抱きしめかえされた。
「時計屋……好きだ」
「…………」
唇が重なる。だが余裕そうな態度とは裏腹にグレイの手つきはせわしなく、ユリウスの
身体に触れていく。ユリウスもため息まじりにボタンを外し、服をゆるめていく。
開いた胸元に外の空気を感じたかと思うとグレイの手が忍び込み、敏感な部分を弄り出す。
「ん……」
思わず上気した声を上げると、グレイは開きかけのシャツを左右に開き、顔を近づけ、
舌を這わせた。やわらかな舌に執拗に愛撫され、声が出る。
グレイは少し起き上がり、自身もシャツを開くと、再びユリウスを抱きしめ、口づけた。
相手の名を呼び合い、時計の音が聞こえるほどに肌を強く触れさせる。
互いの下半身はすでに布地を押し上げている。布越しに感じる硬さに頬が熱くなった。
「はは、お互い禁欲生活が長かったからな」
グレイは笑いながら起き上がり、もどかしげに自身のベルトを緩めていく。
「遅ればせながらのご褒美なわけだ」
「贅を尽くしたディナーとホテルの予定が、珈琲と狭い作業室になって悪いな」
「また卑屈なことを……おまえがいなければどんな豪勢なものも色あせるさ」
真顔で言われると、返す言葉が見つからない。
空気が気まずくてユリウスは自分も下を開けようとし、
「俺がやるよ、時計屋。疲れているだろう?」
グレイがユリウスのズボンのベルトを外しだす。ユリウスはあわてて、
「いや、おまえの方が疲れている。変に気を使うな」
「そっちの方が眠そうだ。先に眠ってしまわれる前に、急がなければな」
反論しようとする前に、グレイの手が中に潜り込む。
「……あ……」
身体がビクッと震えた。起ち上がりかけたモノをつかまれ、激しく上下に扱かれる。
「トカゲ……まて……ぁ……」
長いこと慰めていない箇所だ。透明な汁があふれ出るまで、さほど時間はかからない。
歯を食いしばって抑えるだけで精一杯で、そんなユリウスをグレイは楽しそうに見下ろし、
「眠気は去ったようだな。素直になってくれて感謝する」
「この……馬鹿が……あ……っ!」
早くなる動きに、耐えきれず声が出る。快感から意識をそらし持ちこたえようとしたが、
「時計屋……!」
「……っ」
低い声とともに、強く扱かれ、声にならない声を上げ、ユリウスは達した。


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