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■対抗心・上

※R18

月が夜更けのクローバーの塔を包んでいた。
ほのかな明かりの差し込む塔の一室では、主が休息の時間を取っていた。
薄暗い部屋のベッドには二つの影があり、静かに寄り添っている。

「時計屋、好きだ」
「……ああ」
ユリウスはグレイに肩を抱かれ、熱くささやかれる。
「抱きしめてかまわないか?」
「……かまわない」
すると優しく引き寄せられ、ユリウスもグレイ=リングマークの肩に頭を乗せる。
グレイはまるで子供にするように髪をなでた。
「時計屋。おまえの髪はきれいだな。長くて、手触りが良くて――」
さすがに聞いている方が限界だった。ユリウスは身を離すと、
「あ、あのなあ。もう少し考えろ、トカゲ。女相手の口説き文句をそのまま男に
使う奴があるか。私に、そんな……」
「口説き文句を使い回すか。俺は思ったままを言っただけだ」
ムッとしたように言われる。
「だから……何というか……だからその、私は男で、背だっておまえより……」
「何だ、照れているのか?可愛いところもあるじゃないか」
「……うるさい」
ユリウスは今も理解に苦しんでいる。

グレイは有能な補佐官だ。
この世界の人間には珍しく礼儀をわきまえ、落ち着きがあり、ユリウスの部下に
勝るとも劣らない戦闘能力を持つ。もちろん女にもモテる。
そのグレイの選んだ相手がなぜ、こんな根暗で陰気な時計屋なのか。
「本当に下らないことを気にするんだな、時計屋」
苦笑混じりに言われ、頬に手を当てられる。素直に目を閉じると、唇を重ねられた。
閉ざされた視界で舌の感触をより鋭敏に感じる。
折れそうに強く、自分をかき抱く腕、鼻腔をくすぐる紫煙の香り。
「時計屋……」
グレイが自分をベッドに押し倒す。
自分を見下ろす男を見上げていると、首筋に爬虫類のタトゥーが見えた。
何とも思っていなかったトカゲの文様さえ、彼のものだと思うと今は愛おしい。
覆いかぶさり、抱きしめられると何もかもがどうでもよくなる。
「性別だの背丈だの、下らないことがまだ気にかかるか?」
「……いや」
認めたくないが、自分もこの男に惚れている。
グレイの手が、ゆっくりと服をはだけていくのを感じながらユリウスは再び目を閉じた。

…………

「なあ時計屋。今度、外で会わないか?美味い料理を食わす店があるんだ」
身体を交えた後、グレイは横に眠るユリウスに提案した。
もちろん、この男の目的が料理だけではないのは火を見るよりも明らかだ。
ユリウスは気だるい気分で敷布に沈みながら、
「おまえと自堕落な時間を過ごすため外に出るつもりはない。私は仕事で忙しい」
知っているだろう?と目で聞くと、グレイはニヤリと笑い、
「俺の部屋で自堕落な時間は過ごしてくれるのに?」
そう言って、ユリウスの剥き出しの腕に触れる。
それだけなのに身体にビクッと走る電流がある。
「そ、それは、おまえが部屋に来いとあまりにもしつこいから……」
「俺たちは恋人同士だろう?一緒にいたいと思って何が悪い。
何なら、俺がおまえの部屋に押しかけてもいいんだぞ?」
ユリウスはムッとして、
「作業場は時計屋の聖域だ。そんな不道徳な行為、許せるか」
「相変わらず古風だな。まあ、そこも含めて好きなんだけどな」
「……だから、おまえはどうしてそう……」
グレイは昔の影響か、どうもストレートすぎてときどき反応に困る。
当のグレイはユリウスの反応に構わず耳元で、
「××時間帯後に……という店の裏口で会おう。俺は外回りを終え休憩時間に入る。
そして仕事帰りのおまえと偶然出会い、親睦を深めるため一緒に休憩を取ることにするわけだ」
「わかった」
人目を忍ぶ仲というのも厄介なものだ。
「しかし××時間帯後とは、かなり先だな。トカゲ、仕事がたまっているのか?」
顔を離して問うと、グレイは苦々しげな表情になり、
「そのとおりだ。まあ、詳しいことは聞いてくれるな」
「聞くまでもないだろう。大体は想像がつく」
年がら年中吐血する上司を持っているのだ。
いくらグレイ自身が有能だろうと、ろくな休みが取れるはずもない。
「しかし今回はおまえというご褒美が待っているんだ。多少のことは我慢するさ」
「まあ、せいぜい禁欲に励むんだな……お、おい、トカゲ、何をするんだ」
グレイの手が意図のある動きでユリウスの肌に触れる。敏感な箇所に触れられ、
身を引くが、ベッドの上で逃げ場があるわけがない。
「ご褒美待ちなら、自重したらどうだ?次の次の時間帯にはもう仕事なんだろう?」
「禁欲の前に、補給させてもらう。だからおまえも俺を満足させてくれよ」
「このっ……」
罵倒の言葉を叩きつける前に素早く唇を塞がれた。

…………

「……来ないな」
ユリウスは苛々と身体を揺すり、空を見上げた。
約束の一時間帯前に到着し、あれから何時間帯も過ぎている。
何か事件や面倒事があったのだろう。
『偶然』会ったことにするのだから、グレイからこちらに遣いを出せるはずもない。

五回時間帯が変わったのを確かめると、ユリウスは肩をすくめて帰路についた。

…………

「すまん、時計屋。いろいろあったんだ」
ユリウスの作業場に来たグレイは素直に謝罪した。
理由は十分すぎるほどに納得出来るものだ。
上司の吐血、増大した仕事量、外回り時間の短縮、彼方に消し飛ぶ休憩時間……。
時計屋に謝罪する時間が出来たのが、十時間帯も経ってから、というのもうなずける。
「別に気にしていない。おまえのせいではないのだから、気に病むな」
ユリウスも仕事を持つ身であるし、グレイの多忙さは理解しているつもりだ。
だがグレイの方は難しい顔で、
「時計屋。××時間帯後に予約を取った。どんな調整をしてでも必ず行く!」
「いや、そこまで必死にならなくとも。
もう適当に買ってきて部屋で食べればいいだろう」
「それじゃあ、俺は仕事に戻る。いいか、前と同じ約束の場所に。じゃあな!」
そう言って、グレイは走って戻っていった。ユリウスは足音を聞きながら思う。
――三回時間帯が変わったら帰るか。

…………
「……帰るか」
そして約束の時間から、五時間帯経ってユリウスは帰った。

それから、さらに十数時間帯後。

ノックの音が聞こえた。
時計修理の手を止めたユリウスは、眼鏡を置き、立ち上がる。
そして扉を開け、申し訳なさそうな顔をした男と対面した。
「本当にすまなかった、時計屋」
「とりあえず中に入れ」
理由など百も想像出来るし、グレイが嘘を言う男ではないことは分かっている。
ユリウスは作業室に少しやつれたグレイを招じ入れると、扉の鍵をかける。
ソファを勧め、珈琲を淹れてやると、グレイは礼を言って受け取った。
カップに口をつけ、
「……美味いな、落ち着くよ」
そう言いながら懐から煙草を取り出す。ユリウスはその手を押さえ、
「煙草に比べればカフェインの方が害が少ない。
おまえも珈琲に転向したらどうだ?」
「そうしたいところだが、こればかりはな」
やんわりと別の手でユリウスの手を離し、グレイは笑った。


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