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■騎士は療養中6

どのくらい責め立てたか。
「あ……あ……ユリウス、もっと……」
苦痛の声には耳をふさぎ、腰を押さえ、突き動かされるように揺さぶり続ける。
最初は気づかって緩慢にすすめていたが、やがてそんな余裕さえ無くなり、ただ
雄の本能のまま腰を動かす。エースは自分の下で何度もこちらの名を呼び、少しでも
解放を先送りにしようと喘ぐ。
だがお互いに長くは持たない。ついにエースが、
「ユリウス……ユリウス……っ」
小さく叫び、エースは果てた。ユリウスも名残惜しく、ゆっくりとエースの中から出ていく。
そして限界まで張りつめたモノに手を添え、エースの腹の上に白濁したものを吐きだした。
「ユリウス、中に出しても良かったんだぜ……?」
痛みと緊張から解放されたエースは弱々しく聞いてくる。
「馬鹿、後始末が面倒だろうが」
素っ気なく言い、最後まで絞り出すと、ユリウスはそっとエースの横に身を置いた。
エースは腹の上に散ったユリウスのものを指ですくい、舌を這わせた。
「おい、汚い真似をするな」
手をつかんで止めると、エースはきょとんとして、
「だっていつもユリウスは飲んでくれるだろ?今は俺が下なんだから俺がやらなきゃ」
「そういう歪んだ役割感をどこで覚えてきたんだ……」
呆れて身を起こし、ちり紙で簡単に始末してやる。そして改めてエースの隣に横になり、
頭をなでてやった。するとエースは嬉しそうに目を細める。
――まったく手のかかる奴だ。
そしてどちらともなく唇を合わせ、舌を絡める。エースは苦笑しながら、
「本当に、ユリウスは馬鹿だよな。いくらでも俺にひどく出来たのに優しくて……」
「ひどくしてやっただろう。本当にお前を気づかっていたら入れるところまで行くか」
「はは、初めてにしては良かったぜ。まあ男としては及第点かな」
「ふん、お前こそ、あんな顔をしておいてよく言う」
「えー、ユリウスだって、いつもはさあ――」
たわいない会話をしているうちにユリウスは眠気を感じてきた。
「ユリウス?どうしたんだ?もっと話をしようぜ」
――くそ、もう少し、後始末してやりたいのに……。
身体をちゃんと清め、包帯を変え、服を着せて――
「エース……」
だが哀しいかな体力のない身体はアッサリと眠りの世界に落ちた。

…………

「ん……」
目を開ける。窓の外は日の出ている時間帯だ。
ユリウスはそっと身を起こす。いつもの悪趣味な寝間着を見下ろし、ぼんやりした
頭で眠る前のことを――
「エース!」
思わず叫んで部屋を見回す。だが騎士の姿は影も形もない。
ただ、床の上に血の乾いた包帯だけが置かれていた。
騎士の剣や荷物も一緒に消えている。
「…………治ったのか」
治ったら、さっさと旅に出る。
あれだけ世話になっておいて、礼の一つもなく去るのが、いっそあの男らしい。
いや、宿代の代わりに最後に抱かせてやったと解釈すべきか。
ひどいことをすると宣言した割に、結局何もせず出て行ったのだし。
そしてユリウスをわざわざ寝間着に着替えさせたあたり、ユリウスの体力の無さを
遠回しにからかっていったのかもしれない。
――本当に、扱いづらい奴だ。
弱い騎士。母にすがるように時計屋にすがり、求められることを求めた。
そして、その弱い騎士はもういない。
ユリウスは寝間着を脱ぐとハシゴを伝って床に下り、いつもの服を身につける。
そして作業机に座り、修理工具を用意した。
「…………」
静かだ。
聞こえるのは、時計の音だけ。
少し前の時間まで、ベッドからはいつもいびきが聞こえていた。
あるいはベッドの上から顔を出して『退屈だー』とわめく声。
『仕事、始めるのか?本当に真面目だなー』
『なあなあ食事が終わったら、カードでもしようぜ』
『ユリウス、ユリウス、ちょっとは構ってくれよー』
『机の上で仮眠なんて止めろよ。ベッド半分貸すぜー?』
もう聞こえない。
わがままに何度もため息をついた。軽口を応酬し、食事を作ってやり、包帯を
変えてやった。嫌だとは思わなかったが、心労のたまることでもあった。
――私たちは少し離れているくらいが上手く行くようだな。
そう思ったとき、小さな痛みが胸を走る。
「…………?」
痛みの正体が分からず、ユリウスは戸惑った。
別に引っ越したわけでも死別したわけでもない。
仕事仲間なのだし近いうちにまた会える。
――なのに、なぜ痛いのだろう。
頭に即座に浮かんだ言葉はすぐに振り払い、ユリウスは時計の修理を始めた。
時計屋はすぐに仕事に没頭していった。
だが仕事以外の雑念が消える寸前に、ふと考えた。
――戻らない時間を、今頃エースも惜しんでいるのだろうか。
ついさっきまでそこにあった日常、永久に過ぎ去った時間。

あの騎士も。迷いながら進む旅の空の下で。
お互いが気まぐれに共有した、わずかな時間を。

ユリウスはそれきり修理に没頭し、時計以外の思考を持たなくなる。
窓の外の青空は、騎士のように爽やかだった。

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