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■冬の逢引・下

真冬の森の中で、二人の男が戦っている。
だが必死なのは一人だけで、もう一人は余裕の表情で攻撃をかわしていく。
「この……!」
ユリウスは、何とかトカゲにスパナを当てようとする。
しかしトカゲは、雪の影響を全く感じさせない滑らかな動きだった。
そしてふいに視界から消えた。
「え?……わ……っ!」
足下をすくわれ、背中から雪に倒れ込んだ。
起き上がらなければ、と慌てて身を起こそうとすると、
「動くな、喉を傷つけるぞ」
「……っ!」
トカゲが喉元にナイフを押し当てていた。そしてすぐにナイフを引き、鞘に収め、
「全く……準備体操にもならないな。それでも高位の役持ちか?
領主のカードは動かないものだが、時計塔はおまえ一人なんだろう?」
「う、うるさいっ!」
今度こそ堪忍袋の緒が切れ、ガバッと起き上がって、トカゲにつかみかかる。
「……うわっ!おい時計屋、鍛錬は終わりだ」
「おまえから一方的にしかけておいて、ふざけるな!」
雪がはじけ飛ぶ。
長身を利用して、トカゲを力任せに雪の中に押し倒すと、体重をかけて押さえつけ、
殴りかかった。だが何とか頬に一発当てようとしたところで、
「甘いな、時計屋!」
「――っ!」
トカゲが下からつかみかかり、視界が回転する。
そしてまたユリウスを雪の中に押し倒された。
「この……っ……!」
だが自分が、さっきのトカゲと同じように暴れても、トカゲはビクともしない。
「く……はは、ははは、ははっ……!」
トカゲは肩を震わせて笑い出した。
「うるさい!何がおかしいんだっ!!」
「お、おまえが子供みたいにムキになるから……は、ははは!」
真っ赤になって怒鳴りつけても、トカゲはまだ笑い続けている。
相変わらずユリウスを押さえつけたまま。
いい加減、身体の熱で雪が溶け、服に染みこんでくる。
「本当におかしな奴だな……く、くく……はははっ」
対象的に大ウケなトカゲ。ユリウスはただ拳を握るしかなかった。

「寒い……」
やっとトカゲがどいて解放されたものの、全身ずぶ濡れで気分は最悪だ。
「そう睨むな。おまえが普段から、身体を鍛えていれば良かったんだろう」
トカゲは自分についた雪をはらい落とし、また笑った。
さんざんやりこめられ、もう反撃する気にならず、ユリウスはトカゲを睨む。
「さて、身体が冷えてしまったな……ああ、そうだ」
やけにワザとらしい仕草で、トカゲは手を叩いた。

…………

岩場に湯気が立つ。そこには自然の温泉が湧いていた。
「おまえまで、野外に目覚めたとは知らなかった」
「いいからさっさと脱げ。冷えるぞ、時計屋」
トカゲはさっさと脱ぎながら、ユリウスに促す。
「だ、だからといって、何で男二人で温泉に入らねばならんのだ……」
「この身を切るような寒さの中、ずぶ濡れで帰る気か?」
温泉のそばで焚き火をおこしたトカゲは、手近な枝を物干し竿代わりに、濡れた服を
引っかける。そして腰にだけ布をまきつけ、ユリウスに、
「ほら、いいから脱いで、服を干して入れ。顔色が真っ青だぞ?
俺に騎士のような趣味はない。さすがに外で襲ったりはしないから」
「…………」
手招きする爬虫類の言葉など、信用出来ない。
だが寒い。寒すぎる。立っているだけで体温が奪われる。
「……おまえ、まさか、最初から……」
さっきの場所からまっすぐここに向かったことといい、故意としか思えない。
一方トカゲは手先で湯温を確かめ、ゆっくりと精悍な身体を湯に入れる。
「ふう……いい湯だ。まあ、誘おうとしたことは否定しないがな」
そして岩場にもたれかかり、ニヤッと笑ってユリウスを振り返る。
「こういう流れになることは予想外だ。おまえの非力さに感謝しなくてはな」
さらに腹の立つことをいい、ほら、とユリウスにまた手招きをした。
「だ、だが……」
「小娘のように恥じらっていても仕方がないだろう?そうダダをこねるな。
風邪を引くし、このままでは凍傷にかかる。時計屋が手先を傷めるつもりか?」
「…………」
仕事のことを出されては反論が出来ない。
ユリウスは観念して、渋々コートを脱いだ。

…………

時間帯が夕暮れに変わる。風は冷たいが、湯は温かい。
温泉は人の気配も獣の気配もなく、静まりかえっている。
凶暴な爬虫類がつかっているせいかもしれない。
「いちいち手のかかる奴だ。外に出すのも湯につからせるのも一苦労だな」
ユリウスの肩を抱き寄せながらトカゲが言う。
「……離れろ。もう十分に暖まった」
「まだ服は乾いていないだろう。ほら、肩までつかれ」
「む……」
確かに肩が冷える。嫌々肩まで湯につかると、トカゲは満足そうだ。
そして、後ろで髪をくくったユリウスをしげしげと見、
「印象が変わるな。長い髪は邪魔なこともあるだろう。
いつもそうしていたら、どうだ?」
「……面倒くさい」
「髪を伸ばしつづける方が面倒だろう。おかしな奴だ」
そして髪を撫でていたトカゲが、その手を頬に滑らせる。
「おい……」
低い声で牽制したつもりだったが、気がつくとトカゲの顔が目の前にある。
「時計屋……」
抵抗ではなく目を閉じる。
そっと重ねられた唇に、どこか罪悪感があった。トカゲは顔を離し、
「こういうデートもいいものだな」
「デ……っ!?」
言われた言葉に驚愕する。トカゲは心外そうに、
「そうだろう?まあ、本当は湖の白鳥にパンをまこうとしたんだが……。
おまえと一緒に、可愛い動物が見られなくて、本当に残念だ」
ためいきをつく爬虫類。可愛い云々はどうでもいい。
「と、トカゲ!私はおまえとそんな関係になった覚えはない!
男同士で逢引など……!!」
優柔不断すぎると分かってはいるが、受け入れるには、どうしても抵抗がある。
トカゲはチラッと焚き火に目を向ける。枝に干した服は、風にかすかに揺れていた。
「そろそろ服も乾いたな。帰るぞ、時計屋」
とユリウスに言って、立ち上がった。

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