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■騎士の苛立ち・上

「ユリウス!親友が遊びに来たぜ!」
扉を勢いよく蹴り飛ばされ、室内が揺れる。
繊細な部品が机を転がり、ユリウスは一気に不機嫌になった。

「帰れ。お前と親友になった覚えはない」

「ははは。照れなくてもいいぜ、ほら、お土産!」
現れた赤いコートの騎士は、ユリウスにリンゴを放り――
とっさのことで受け止め損ない、リンゴはユリウスの頭にぶつかる。
「…………」
「あ……あははは!ユリウス、お、面白すぎっ!」
そこまで笑うことはないだろう、というくらい腹を抱えて笑う騎士。
仏頂面のユリウスはリンゴのぶつかった箇所をさすり、ため息をつく。
騎士は明るい。底抜けに明るい、寒いほどに明るい。
……迷惑なことこの上ない。

笑顔の寒い騎士に友達呼ばわりされてから、少しの時間帯が経っていた。
騎士は宣言どおり、時計塔に遊びに来るようになった。
一度は、もう入れないと決意した。しかし、なぜか塔に入れてしまう。
とはいえ、頻繁に訪問されるほど、彼に気に入られた理由が分からない。
ハートの騎士といえば、ハートの城の軍事責任者だ。
仕事の方は大丈夫なのかと聞いてみた。
『大丈夫大丈夫、ペーターさんや陛下がちゃんとやってくれてるから!』
……死ぬほど説得力のない答えが返ってきた。
だが、ハートの城の宰相の辣腕ぶりは有名だから、何とか持っているのだろう。
人当たりの良さそうな男だから、案外あの冷血宰相とも上手くやっていて、
便宜をはかってもらってるのかもしれない。
ユリウスはそう思うことにした。

仕事が欲しいと度々請われるが、それは断り続けている。
何といってもハートの城の重鎮だ。
下手に仕事を手伝われると後々厄介の種になる。
そしてこの男は、自分で言うとおり『迷子』体質だった。

さして複雑な造りでもない時計塔で迷う。
時計塔への道のりで迷う。
戦慄すべきことに居住地であるハートの城でも迷い続けているらしい。
つくづく困った男だが、なぜか憎めない。
確かに辛らつな面もあるが、裏表の無さは長所にもなる。
恐らく友も多いのだろう。自分は大勢の友人の一人というわけだ。

――どうせ私への好意など一時的なものだろう。

ユリウスは根暗なことを考える。
新しい友人にすぐに飽きて、暗く陰気で退屈な男のもとを去る。
そして永久に忘れられてしまう。
「ユリウス、暗い顔をしてるけど、どうしたんだ?」
「いや、別に……それより用がないなら帰れ。私は仕事で忙しい」
時計を修理しながら、素っ気なく答える。
「えー、来たばかりだぜ。俺、もっとユリウスと話したいよ。
話したくないならユリウスの仕事を手伝わせてくれよ。
俺、ユリウス好きだから、力になりたいんだ」
……善意にあふれた言葉が、うっとうしい。
「うるさい。迷惑だ。帰れ!」
立ち上がると強引に騎士の背を押し、扉の外へ追い出す。
騎士はしばらく扉を叩いていたが、そのうち諦めたのか、階下へ去っていく。
『うわあああっ!』
……転げ落ちる音は聞かないことにした。
ユリウスは仕事に戻ろうとし、床に転がったリンゴを見つけた。
「…………」
しばらく眺め、食糧棚に放り込む。
「?」
そのとき、ユリウスの耳が塔の外の喧騒を伝えた。

銃声だ。

時計塔の周辺は中立地帯のはずだが、喧嘩っ早い連中はしばしば無視する。
単なる打ち合いか、組織的な抗争か。
銃撃が続くようならしかるべき処置を取らなくてはならない。
だがそれ以上、銃声は聞こえなかった。
まあおさまったのなら、それでいい。
ユリウスは窓の外を見る気にもならず、作業机に座って時計の修理を再開する。
「?」
階段を上る音が聞こえた。だが騎士の足音ではない。
騎士のように迷ったり転んだりしない。だが、多少乱れている。

「時計屋さん、久しぶりだな!」
そして、ウサギ耳を生やした金髪長身の男が入ってきた。

怪我をしているが、気にした様子もなく袋を差し出す。
「時計を回収してきたぜ」
「ご苦労」
彼はエリオット=マーチ。『三月ウサギ』の二つ名を持つ男だ。
今はどこに所属するということもなく、ユリウスの仕事の手伝いをしている。

ユリウスは三月ウサギに、それなりの額の入った袋を手渡した。
「報酬だ」
「へへ、ありがとな。これでしばらく持つぜ」
「…………」
嬉しそうな三月ウサギを見、ユリウスは少し複雑な気分になる。

『三月ウサギ』といえば、本来なら帽子屋に属する役だ。
だが、この男は今のところマフィアに入っていない。

『マフィアに入るのは嫌だ』

ユリウスが聞いた理由はそれだけだ。それ以上は興味がないので知らない。
とはいえ、そんな理由で帽子屋ファミリーから逃げ回っているのだそうだ。
彼は金に困ると、回収不能の時計を持ち込んでくる。
ユリウスにしてみれば、役持ちが役を逃げようなど、愚かしいにもほどがある。
しかし『時計回収』は顔なしでさえ嫌がる仕事で、時計塔は慢性的な人手不足だ。
三月ウサギが、時計屋や時計屋の仕事を差別しない点も、嫌いではなかった。
今は多少の雑談を交わす仲だった。

「最近はよく来るな」
ユリウスは眼鏡をかけなおす。三月ウサギは腕組みをし、眉間にしわを寄せた。
「ああ、相変わらず帽子屋の奴らが、組織に入れって、うるせえんだよな。
この間は、ついにブラッドっていうボスが来たから撃ったんだ」
でも失敗した、逆に追われた……と三月ウサギは悔しそうに言う。
「…………」
ユリウスは呆れて言葉も出ない。
マフィアのボス。しかも本来なら、三月ウサギの上司にあたる男だ。
考えないにもほどがあるだろう。
「……ボスが直々にお出ましとは気に入られたものだな。
役持ちなら、即、幹部待遇だろうし、そろそろ諦めたらどうだ?」
「冗談!マフィアなんて大っっっ嫌いだっ!」
「そうか。大変だな」
何でそこまで毛嫌いするのか、気にはなる。しかし、ひと言聞くだけでいいのに、
その『ひと言』はどうしてもユリウスの口から出ない。
「…………」
「…………」
自分から話をふっておいて、続かない。
だがウサギは会話を切り上げたい合図……と了承したようだ。
「んじゃ、また金に困ったら来るわ」
そう笑って、背を向ける。
「……ああ」
ユリウスはそう言って、再び時計修理の作業に戻った。
だが、完全に没頭する前に、三月ウサギが言った。

「なあ時計屋さん。あんた、ハートの騎士と知り合いなのか?」

「?」
唐突に言われ、ユリウスは『ああ』と思い直す。
あの騎士は最近、ここに出没する。
恐らく、出入りする様子を見られていたのだろう。
「否定はしない」
簡潔に言うと、三月ウサギは驚いたようだ。
「へー、あんた、あんな怖い奴とつきあってんの。
やっぱり時計屋さんって、すっげえ人なんだな」
「は?」
思わず三月ウサギの顔をまじまじと見る。
「あの騎士さ、いつもいつも、すっっっっげえ殺気立ってるだろ」
「…………?」
三月ウサギの言っていることがサッパリ分からない。
あのヘラヘラした男が殺気立っている?別の男の話ではないのか?
「さっきも時計塔の入り口で会ってさ。声をかけられたんだ。
で、俺が仕事で時計塔に行くって言ったら、いきなり斬りかかってきたんだ」
「何……?」
もしかすると、本当に別の男の話をしているのだろうか。
だが、役持ちが役持ちを間違えるわけがない。
「あんた、あんな危ない奴とつきあわないほうがいいぜ」
言うだけ言って、さっさとウサギは去っていった。
どうやらさっき聞こえた銃撃は、騎士とウサギのものだったようだ。
「…………」
怖い?いつも殺気立っている?いきなり斬りかかってきた?
ついさっきまで会っていた爽やかな男と一致しない。
「……まあ、いいか」
ユリウスは首をふって仕事に専念することにした。
他に出来ることは何も無い。

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