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■騎士の動揺

「ユリウス、一体どうしたんだよ。この間はやらせてくれて、仕事だってくれたのに」
「…………」
処刑人の候補を聞かれ、彼の名前を出しそうになったほど、自分と騎士は近い。
だがこのまま馴れ合っていては、いつかは別の一線を越える。越えさせてしまう。
「…………」
「どうしたんだよ。ユリウス。やっぱりトカゲさんの方が良いんだ?」
黙りこくったユリウスに騎士は不思議そうだ。だが声は余裕だ。
疑ってはいないのだろう。横から割って入った夢魔の部下に負けるなど。
――それに、こいつは受諾などしない。

役割を捨てたくて、自分に近づいた騎士だ。
新たな束縛の気配を嫌気するに違いない。
そして後悔する。嫌われ者の役持ちと、深く考えもせず関わったことを。
そうなれば縛られる前にと掌を返し、自分に背を向け立ち去るのだろう。
自分に背を向けて、永久に。

――…………。
時計が痛い。なぜだろう。胸の時計が壊れてもいないのに激しくきしむ。

騎士はまだ動きを止め、不思議そうにユリウスの言葉を待っている。
そして、最後にユリウスは言った。

「ああ、そうだ。おまえより、トカゲとの関係の方が旨味があるからな」

そう言ったとき、冬でもないのに空気が凍った。そんな気がした。
「は……はは。ユリウス。冗談、きついぜ」
騎士が笑う。だがいつもと違う戸惑いが声に混ざり始めている。
「俺、ユリウスのために結構がんばったんだぜ?命を助けただろ?」
ユリウスは極力、感情を表に出さないように言う。
「逆に殺されかけたこともな。おまえは不安定すぎる。
強いが、しょせんは単独戦力だ。役持ちゆえに出来ることも限られる」
「そんなの、トカゲさんだって同じじゃないか」
「おまえよりは『使える』。後ろ盾になってくれれば戦力も影響力も計り知れない。
現に、時計塔に大量の人員を割いてくれ、おまえがいないときも何とかなった」
実際にはマフィアへの関与を疑われ、トカゲ自身に支援を切られかけているのだが、
もちろんそこはあえて伏せておく。
「でも、この前三人で会った時は、トカゲさんにも冷たかったぜ。
どっちとも深い仲になる気はないって――」
……いちおうは聞いていたらしい。
「あいつは塔の住人だ。それに安定していて迷わない。そこが気に入った」
「…………」
騎士は口を閉じた。ユリウスは刺されるだろうかと身構えた。
はたから聞いても最低のことを言った自覚はある。性別の件を別にすれば、相手が
不在の間、アッサリ新しい恋人に乗り換える不誠実な人間だ。

そのとき時間帯が夕刻に変わり、冷たい風が吹いた。
サーカスの喧噪も完全に収まっている。
今は風を受けて木々の葉が揺れる音しか聞こえない。
騎士はユリウスを組み敷いたまま、まだ黙っている。

自分を見下ろす緋の瞳はいつも以上に感情がつかめない。
コケにされ、激昂して斬り捨てるか。
セオリー通りに相手の幸せを願い、黙って身を引くか。
そして騎士は口を開いた。
「分かった。トカゲさんの方が好きなんだな。じゃあ抱くぜ?」
「…………」
強行されると予測はしていた。
ユリウスの意思を尊重するような男なら、最初から関係を持ったりしないだろう。
だが、ユリウスは領主で騎士はただの騎士。実際の力関係はユリウスの方が上だ。
「好きにしろ。だが今後は仕事を与えないし、部屋にも通さない」
「…………」
仕事一つ取ってもはユリウスの方から与えなければ、騎士はやみくもに歩き回って
時間を無駄にするしかない。
「最初に会ったときと状況が違うんだ。もうおまえに利用価値はない」
「……っ!!」
自分の力に絶対の自信を持つ騎士にとってはさぞ屈辱の言葉だろう。
だが見上げる中、騎士は自分のネクタイを引き抜いた。
顔は平静だが、聞こえる息がかすかに荒い。
「騎士、もう止めろ。おまえほどの地位と力の持ち主だ。
私のような玩具など、女でも男でもいくらでも見つかるだろう?」
「それがいないんだ。俺は不幸な男だからね。どいつもこいつも空っぽでさ。
ユリウスみたいなうじうじして、うっとうしくて根暗な奴、どこにもいない」
誰よりも空洞な男はそう言って笑った。

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