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■騎士と道化師

「私は先に戻るぞ」
サーカスが終わり、幕屋の外に出たところで、ユリウスは塔の連中に声をかけた。
気分が悪くなったという夢魔。その肩を支える補佐官は、
「ああ。俺たちはナイトメア様に休んでいただいてから帰る」
トカゲはうなずいて了承した。
夢魔はといえば、返答らしいうめき声が聞こえただけだ。
ユリウスは後ろも見ずに歩き出した。
そのまま塔の方角へ向けて歩こうとし……
「やあ、ユリウス」
「ジョーカーか」
ユリウスはひょいと現れた道化の団長を睨みつける。
塔に向かって歩いていたはずが、なぜか逆側にいた。客でにぎわう出店のあたりを
さ迷っていた。だがそんなことに疑問を持っても仕方がない。道化は嬉しそうに、
「サーカスはどうだった?楽しんでくれたかな?」
「まあまあだな。悪くなかった。だが仕掛けが分かりやすすぎるな」
「そう?どういうのがダメだった?参考に聞きたいから教えてくれよ」
今は仕事中でもないし、頭の良い方のジョーカーは嫌いではない。
先に戻ると言って離れたが、今すぐに塔に用事があるわけでもない。
ユリウスは、道化としばらく立ち話をした。

腰の仮面が時折茶々を入れてきたが、次の演目の情報や、新しい仕掛けのヒントを
教えてもらえるなど、なかなか有意義な会話と言えた。
「それじゃあ、俺はサーカスに戻るから」
しばらくして道化がそう言い、ユリウスもうなずいて言った。
「それでは、後で『そちら』に行くからな」
立ち去ろうとするユリウス。だが道化は明るい声で、

「あのさ、例の件だけど、もしかしたら今回、処刑人はいらないかもしれないよ」

「何?」
「『あの子』、エイプリル・シーズンになってから、ときどき俺に会いに来るんだ。
どうも自分から牢に入ってくれそうな雰囲気なんだよね」
「そうか……」
ユリウスは深くは考えない。
自分から監獄に入ってくれるのなら手間がなくていい、それだけのことだ。
「なら処刑人の選定は、今回の季節では必要ないか?」
「そうだね。顔なしの”悪人”ならユリウスでも撃てるだろ?」
「ああ。しばらくは私一人で対処しよう」
そう言うと道化は笑い、
「じゃあ人選の件は当分保留ってことにしようか。仕事は少ない方がいいしね」
「わかった。では、別の仕事について打ち合わせよう」
ユリウスはジョーカーと必要事項を確認すると、今度こそ別れた。

「…………」
空を見ると、昼の時間帯が連続しているのか、かなり経過したにも関わらず、
鮮やかな青が広がっている。この分では夢魔たちの方が先に塔に戻っているだろう。
ユリウスも今度こそ帰ることにした。
しかし長時間立ち話をしたせいで、足が痛い。ただでさえ塔周辺は冬だというのに、
これから長い距離を歩き、さらに雪で靴が濡れると思うと頭が痛くなる。
――ドアを通るか。
ユリウスはサーカスを離れ、森へ入っていった。そのとき、

「っ!!」
気配をまったく感じなかった。
突然背後から口をふさがれ、身体を押さえられる。

とっさに感じたのは生命の危険。有効な反撃として、肘鉄を食らわせようとするが、
相手はすでに予測していたのかユリウスの腕をしっかりと押さえ、反撃を封じる。
「ユリウスって、本当にジョーカーさんと仲がいいんだな」
「!」
耳元でささやかれた声。次いで軽く耳朶を噛まれ、ビクッと身体が震える。
ハートの騎士だった。
騎士は少し身体を動かし、ユリウスと向き合うようにする。
「おまえ……のぞき見していたのか?」
「あはは。ちょっと遠目に見ただけだよ。
よく聞こえなかったけど、楽しそうに話してさ。妬けてくるぜ」
そう言って笑うと、ユリウスに唇を重ねた。ユリウスも大人しく目を閉じる。
「ん……」
しばらくしてようやく騎士は顔を離した。
久しぶりに会った騎士は常と違うスーツ姿だ。
彼はユリウスの正装をしげしげと眺め、
「ユリウス。ビシッとネクタイ締めてるのも似合うぜ。この飾り、格好いいな」
笑ってそう言って、装飾品の鎖になれなれしく触れる。
「騎士。おまえは……まあ、比較的まともな格好だな」
他に言いようがない。
「ええ!?それ、普段がまともじゃないって意味だろ?
いつもの服だってまともだぜ?」
「あんな、すそがボロボロのコートのどこがまともだ。騎士の名が泣くぞ」
会話だけは普通の友人同士のそれだ。
だが騎士の腕は未だに、ユリウスの身体に回されている。
その手は、ある意図をもって這い回り始めていた。
「おい、止めろ!」
「ええ?見通しのいい昼で、誰も来ない森の中だろ?どこが悪いんだよ」
「どこが悪いとか、素で言える自分を少しは疑問に思え!!」
「俺には最高の環境だけどなあ」
「っ!!」
瞬間、足をすくわれ地面に転がされた。
危うく木の幹に頭が激突するところだった。
「この……っ!」
騎士をにらみつけるが、少しも堪えた風ではなく、膝をユリウスの足の間に割って
入らせ、そしてユリウスのネクタイに手をかけた。
――まったく、仕方のない奴だ。
ユリウスは呆れながら騎士を手伝おうとした。
だがそのとき頭の中で道化の、いや監獄の所長の声が響いた。

『もう戻れない。君にも選んだ義務と責任が生まれるよ』

「……やめろ!!」
ユリウスはもがいた。
突然暴れ出したユリウスに、騎士は驚いたようだった。
「どうしたんだよ、ユリウス。さっきまで乗り気だったじゃないか」
「なあ。いい機会だ。もう終わらせよう。こんな関係を続けるべきではない」
真剣な顔で伝えた。すると騎士は目を細め、
「何だよー、ユリウス。トカゲさんの方が良くなったのか?」
まだ声が笑っている。いつもの形だけの抵抗だと思っているらしい。
「違う。とにかく、おまえとはもう終わらせると言っているんだ!!」
必死で言うと、ようやく戯れではないと通じたのか、騎士の手が止まった。

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