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■サーカスの開幕

「いや、むしろ感謝する。話がこじれて弱っていた」
「はは。昔から変なのに好かれるよねえ、ユリウスは」
ユリウスの服もいつの間にか時計屋のものから看守服に変わっていた。
陰鬱な監獄で二人の黒衣の男が向かい合って笑いを交わす。
見えるのは暗く肌寒い檻の群れ。
そして中で、ぬいぐるみのような被り物をさせられ、虚ろにうなだれる囚人たち。
監獄の所長は、ユリウスに微笑んだ。
「さっそくだけど、時計を壊した大罪人が出たそうじゃないか。
時計塔には大打撃だね。ご愁傷様」
ストレートな物言いにユリウスは不機嫌になる。
「うるさい。すぐに捕らえ、殺すか監獄に送る。処刑人をすぐ――」
そこでユリウスは舌打ちする。
どうも記憶があいまいになっているが、今、処刑人は不在だ。
とにかく処刑人の要職にあるべき者がいない。
所長も真面目な顔で言った。
「それじゃあ、再会のあいさつは置いておいて、処刑人の選定から始めようか?
君の手駒で処刑人をやれそうな奴はいるかい?三月ウサギを投獄出来そうなのは」
「あ、ああ。ちょうど頑丈なのが一人――」
言葉が途切れる。

別の領土の役持ちを『役人仲間』に引きずり込む。
その意味は想像以上に重い。

今は善意(?)で仕事を手伝ってもらっているだけだ。
言い換えれば、いつでも止められる騎士様のお遊び。
だが自分が騎士に頼み、処刑人に選定するのなら……

「そいつはもう戻れない。君にも選んだ義務と責任が生まれるよ」

ためらいを見透かすかのように、ジョーカーは薄く笑った。

…………

華やかな光が舞台の中央に当たり、一人の道化師が浮かび上がる。
「レディース・アンド・ジェントルメン!」
万雷の拍手の中、観客に最高の笑みを浮かべ、
「今このときだけは、時間を解放しましょう。お楽しみあれ!」
四季の国の主は告げる。サーカスの開幕を。
ユリウスはトカゲや夢魔とともに観客席にいた。


舞台ではにぎやかに芸が進んでいく。
「もっと芸に集中しろよ、時計屋。仕組みなんてどうでもいいだろ?」
サーカスの出し物の機構を考えていたら、夢魔にからかわれた。
夢魔は、いつも通りに病弱そうだ。
「おまえは芸より、仕事に集中した方がいいんじゃないか?芋虫」
包みもせず嫌味をぶつける。すると夢魔は気まずそうに、
「う……そ、それは言いっこなしだろう。ちゃんと反省してるじゃないか」
「反省したところで、おまえのしたことが消えるものか」
「くう〜、いつまでも過ぎたことをグチグチと陰険な奴め!」
「時計屋……もう勘弁してやってくれ。サーカスなのに、いつまで言い続けるんだ」
少しげんなりした様子でグレイも弁護に入った。
だがユリウスは許す気はなかった。

塔の一大事に消えた責任者は、消えた時と同様に唐突に戻ってきた。
夢魔ナイトメア。

サーカスの直前まで戻らず『もしや塔の最高責任者がサーカスを欠席するのでは?』
とグレイどころか他の部下まで胃を痛め始めたころ、ようやく現実の世界に戻ってきた。
『あまりに夢の時間で過ごすのが楽しくて時を忘れた』と本人は笑いながら言った。

精神的苦痛も含め、とんでもない損害をこうむったユリウスはもちろん、グレイも
本腰を入れて説教した。
が、夢魔はいつも通りに逃げ、いつも通りに病弱で、いつも通りに血を吐く。
そうしているうちに、クローバーの塔はいつもの日常に戻っていた。
街の被害は時間の巻き戻しで元通り。
死体も全て時計に変わり、ユリウスの元へ回収され、抗争も収まっている。
そうして、以前と変わりない時間が戻る。
命は等しく軽く薄く、地位ある権力者を責める者は誰もいない。
『したことは消えない』とユリウスは責めたが、本当はとうに消えてしまっているのだ。
流れた命すら、ユリウスの修理によって役を引き継がれている。

「時計屋、ナイトメア様も反省している。許してやってくれ」
主を庇うグレイに、夢魔も感極まったようだ。目を潤ませ、
「ぐ、グレイ〜、おまえのような上司思いの部下を持って私は幸せだ!」
「はいはい。わかったから、サーカスが終わったら仕事をしましょうね」
「ひ、ひどい……吐血しそうだ」
夢魔の部下も、死についてだけはユリウスと思いを分かちあってはくれない。
彼が怒ったのは上司の長期職場放棄だけ。修復や時計修理が全て終わったのなら、
街の被害や人の命は、彼の関心事ではない。
舞台では巨大な風船が割れ、中から大量の子ウサギが出て来たところだった。
歓声と大きな拍手。
だがウサギがユリウスに嫌なものを連想させる。
「ん?時計屋、暗い顔だなあ。ウサギがどうしたんだ?」
芸より人の心の内が楽しい夢魔は、こちらに視線を寄こす。
内心を夢魔に悟らせないよう、ユリウスはサーカスに集中する。
鮮やかな毛色のウサギを何となく目で追っていると、観客席の赤が視界のすみに入る。
あの席はハートの城の連中か。
奴はあの場所にいる。
そして、その席を離れることは誰も許さない。

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