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■トカゲと騎士・下

ユリウスとグレイが振り向くと、入り口に騎士が立っていた。
今は変装姿ではなく赤いコートを着ている。騎士は能天気に笑い、
「ユリウス、アレは部屋に置いてきたぜ。トカゲさん、久しぶり!」
アレ、とは回収してきた時計のことだろう。『ご苦労』とうなずくと、
「ナイトメア様は療養で面会出来る状態ではない。お引き取り願おう」
渋い顔のグレイが、ユリウスの前に立って冷たく言った。
「夢魔さんに用事があって来たわけじゃないぜ。
道に迷ったんだ。でもユリウスに会えて良かったぜ。さ、行こう」
そう言って騎士はこちらに手を伸ばす。
……だが近寄ろうとはせず、その場を動かない。
「時計屋、ここにいろ。行くな」
すぐグレイが鋭い声で言った。だが彼もまた動かない。
二人はユリウスの動きを見ている。

――おい……ちょっと待て。

冷や汗が額に浮かぶ。何なんだ、この状況は。
男二人が、一人の男を取り合っている。
笑える。この光景はきっと死ぬほど笑える。だが自分だけは笑えない。
喜劇役者二名も今はユリウスから視線を移し、射殺すような目でにらみあっている。

「騎士。手を引け。ただでさえ病的な引きこもりの時計屋を悪化させる気か。
今も絶望的とはいえ、おまえと関わっては二度と社会復帰出来なくなる」
「そうだね。トカゲさんには絶対に扱いきれないって。
だってユリウスのうっとうしさは筋金入りだぜ?」
「かもしれんな。だがおまえよりはマシだ。おまえのような不安定な男が関わると、
時計屋のマイナス面が二乗三乗になる。
これ以上病ませてやるな。少しは時計屋の過剰な神経質さを気づかえ」
「過剰に神経質という点には同意かな。でもさ、そこをうまく刺激すると何でも
言うこと聞いてくれるぜ?トカゲさんも楽しんだだろ?」
「ああ、確かに。あのつけこみやすさは良かったな。
強気に出ると、すんなりと大人しくなるというか」
「だろだろ?絶対にやりたくないって顔してアレなプレイに応じてくれるし……」
「……おまえら、実は私の敵だろう」
最後の発言のみ、こめかみに青筋を立てるユリウス。
だがおかげで冷静になってきた。
ちょうど二人そろっているのだ。言うべきことは言わなければならない。
「二人とも、聞け。私は――」
「トカゲさんは塔の人間だろ?クローバーの時計塔とはあんまり重ならない。
その点、俺は城の人間だし、なんと言ってもユリウスの部下だからさ。
俺の方が有利だと思うけど。今のうちに手を引いた方がいいんじゃないかな」
「有利不利の問題か。俺は時計屋を傷つけるなと言っているんだ!」
無視された。しょうがないので、二人からじりじりと距離を取っていると、

「でもユリウスの反応を比べてどうだった?あのとき聞いてたんだろ?」

足が止まる。『あのとき』と言われると一度しか心当たりがない。
「……ちょっと待て、トカゲ、まさかあのとき外に!?」
「ああ。トカゲさん、ずっと扉の外にいて、ユリウスの客とか追い払ってくれてた
みたいだぜ。立ち去るに立ち去れないって感じで。気の毒だよな。あはは」
……どうりで騎士が来客を気にしなかったわけだ。
息を呑んでグレイを見ると、彼は気まずそうに目をそらす。
「そういうわけで、ユリウスは俺の方が好きだからさ、横恋慕しないでくれるかな」
ややばつの悪いグレイは、騎士を見ながらも苦しげに、
「時計屋。人間嫌いが過ぎて感性が狂っているんじゃないのか?
なぜよりにもよって、ハートの騎士などを……」
「自分の方がユリウスにふさわしいって思うんだ?トカゲさん、自信家だなあ」
するとグレイはニヤリと笑い、
「おまえよりはな。おまえが不在の間、時計屋はあっさり俺に乗り換えたぞ」
「へえ……」
騎士の目がすぅっと細くなる。視線の先にはもちろん自分。
「いや、あれは……その……」
「ユリウスもやるよなあ。新しい国ですぐ浮気するんだから。
俺は浮気なんかしないで、ちゃんと貞操守ってたのにさあ」
やはりトカゲとの関係は薄々気づかれていたようだ。
――いや、言いたいことは分かるが、言葉の使い方が違うだろ。いろいろと。
そして、矛先がついにこちらに向かってきた。
「男の甲斐性がないからだろう。俺の下でよがる時計屋を見せてやりたいものだ」
「トカゲっ!!」
露骨な物言いをされ、抗議するが、双方とも聞いた様子がない。
「是非見せてほしいなあ。あ、でも興奮して二人とも斬っちゃうかもしれないけど」
まんざら冗談でもないのか、騎士は剣に手をかける。
これ以上は危険だし、むずがゆくて聞いていられない。
ユリウスは無視されているうちに、と、こそこそと扉に向かい、開けようとして
……顔の真横に短剣が刺さった。
「時計屋、逃げるな」
「そうだぜ、ユリウス。態度をはっきりさせてくれよ」
――はっきりさせてやる。これ以上になくはっきりさせてやる!
我慢も限界だったユリウスは振り向き、怒鳴った。
「私は男だ!男同士で気色悪い仲になる気はない!いい加減にしろ!!」
きっぱりと言い切ってやった。ユリウスの胸に爽快感がわき起こる。だが……
「振られたな、ガキ。いくら一人で勝ち誇ろうが相手にされていないのではな」
「あははは。ユリウスはトカゲさんを振ったんだよ。なら俺でいいじゃないか」
……聞いているようで、やはり無視されている。
このままでは永久に続きそうだ。
逃げようか、銃を取り出そうか悩んでいると、
「?」
周囲の風景が急に歪み出す。

なおも争う二人の声が遠ざかっていく。
この感覚には覚えがあった。
まばたきするほどの間もなく景色が変わった。
そして、視線の先にいたのは……。

「……久しぶりだな」
ユリウスは静かに言った。

「何か愉快なお取り込み中に悪かったと思うけど。こっちも仕事だしね」
一人の制服の男が立っていた。

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