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■時計屋の目覚め

ユリウスが目を開けると、そこは作業室の天井だった。
「……?」
自分はどうやら自室のベッドに寝かされているらしい。
長時間眠った後のように、頭が重く、身体がだるかった。
ユリウスはすぐには身を起こす気になれず、しばらく天井を眺めた。
そして久しく嗅いでいない焚き火の香りを楽しんだ。

――……焚き火?

激しい違和感を覚え、危機感と共に身を起こす。そしてベッドの下を見ると、
「ユリウスー。ウサギ料理が出来たぜ。下りてこいよ」

夢魔の部下の部下に荒らされ、廃墟と化した作業室。
作業室のど真ん中にはテントが。山のような時計が、テントの下敷きに。
爽やかな笑顔で鎮座する知り合い。
重要書類の上で焚き火。煙。真っ黒になりかけの締め切った窓が……。

「窓を開けろおーっ!!」

作業室にユリウスの怒声が響いた……。

…………

「はあ、はあ……」
半時間帯後。
鎮火作業でぐしょぬれになった床に、騎士を正座させ、ユリウスは説教していた。
「室内でテント設営をする奴があるかっ!!」
「うんうん」
「しかも密閉された室内で焚き火とはどこまで愚かなんだ!焼死したいのか!
窒息死したいのかっ!!オマケに重要書類まで燃やしてくれて――!」
「うんうん!」
「…………」
ガミガミ叱りつけられても、騎士は嬉しそうだった。
「…………」
ユリウスはふと黙る。すると騎士はきょとんとした顔になり立ち上がった。
「ユリウス、どうしたんだ?」
「いや……別に」
ユリウスはまじまじと騎士を見た。
変わらない軽薄さ、薄ら寒い爽やか笑顔。
確か、自分はこの男に助けられたはずだ。
クローバーの塔が窮地で自分も死にかけていたとき、この騎士が駆けつけてくれた。
あの直後に、ユリウスは気を失った。
だが窓の外から銃声もしないし、騎士がここでのんびりしているということは、
抗争は落ちついたのだろう。
「あのときは危なかったよな。エイプリル・シーズンになったからトカゲさんに
あいさつに会いに行こうとしたらユリウスが倒れていてさ。
で、おまえを部屋に連れていったんだけど、そこまでの旅がまた長くて――」
助けられたことには感謝する。感謝するが……。
「…………」
「ユリウス?あはは。そんなに睨むなよ」
騎士はいつも通りだ。いつも通りすぎる。
まるで数十時間帯前に別れたばかりであるかのように変わらない。
少しずつ、ユリウスの心に何かもやもやしたものが広がっていく。
――何というか、もう少し……。
別に少女のようにはしゃいでくれとは言わないが、その……そういう関係の相手と
引き離されて、再会した。もう少し何かあってもいいのではないだろうか。
へらへら笑う騎士に、ユリウスはだんだん馬鹿馬鹿しくなってきた。
自分は会えない間、必死に騎士のことを考えないようにしてきたというのに。
「ユリウス?」
「……何でもない」
腹が立って、そして同時に落ち込む。
この男のことだ。
こちらと引き離されている間も、変わることなくいつも通りだったのだろう。
それに比べて自分と来たらうじうじと男らしくもない……。
「っ!!」
勝手に自己嫌悪していると、いきなり騎士が顔を近づけ唇を重ねてきた。

「ん……っ!!おまえっ……!!」
「ユリウス……」
角度を変えて再度口づけられる。身をよじって逃れようとするが、逆に抱き寄せられ
身体が強く密着する。舌がねじこまれ、唾液が音を立てて絡みあった。
――…………。
いつしかユリウスは抵抗を止め、騎士のされるままになっていた。
それをいいことに、騎士はユリウスの身体に少しずつ手を這わせ、胸元に手を入れようとする。
ユリウスは我に返り、騎士の力がゆるんだ隙を見て、あわてて身体を引き離した。
「おい、今はそういう時じゃないだろう!」
「ええ?俺はそういう時だぜ?」
「どこがだ、まわりをよく見ろ!」
「えーと……」
床は濡れ部屋は荒らされたまま。濡れた紙くずが散乱し、そこにテントや仕事道具、
そして大量の時を止めた時計が加わり、混沌は類を見ないすさまじさだ。
雰囲気も何もあるわけがない。むしろ最悪だ。
「いいから、先に部屋を掃除する」
「掃除したらさせてくれるのか?」
「そんなわけがないだろう!清掃が終わったらすぐに時計の修理だ!」
「じゃあ、やっぱりダメだ」
「おい止めろ、この……!」
なおも抵抗していると、足払いをかけられた。
視界がまわり、背を床に叩きつけられる。
「……っ!」
衝撃に反応が遅れた。我に返ったときには、騎士が覆いかぶさってきていた。
「それじゃ、仕事料を前払いでもらおうかな」
「本当に止めろ、ここは時計塔じゃない。扉を開けたらクローバーの塔なんだぞ!」
「はは。いつ誰が来るか分からないってシチュエーションも興奮するよな」
「するかっ!本当に離せ!!仕事が先だっ!!」
だが抗議を完全に無視して騎士はコートを脱ぎ、かたわらに放り投げる。
何がどうあっても強行するつもりらしい。
――仕方ない。命を救われた恩もあるといえばあるし……。
目覚めたばかりでろくに体力の無いユリウスは、早々にあきらめた。

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