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■最後の味方

銃声が遠い。グレイは身を折るユリウスの額にそっと唇を触れさせる。
そして震えるユリウスの手に銃を握らせた。グレイはうなずいて、
「足の…も致命傷では……。この程度の出血で……はナイト……様に笑わ……ぞ」
気が緩んだせいか、ユリウスの耳に、トカゲの声がやけに遠くに聞こえた。
急速に疲労が積み上がり、意識が遠のいていく。
だが意識を飛ばしかけたとき強く肩を揺さぶられ、正気に返った。
「時計屋、聞け…………るし………が……んだ。だからもう……じょう……」
よく聞き取れない。だがグレイが自分を励まそうとしていることは分かった。
だから何とかうなずく。
と、身体をつかまれ、無理やり立たせられる。
グレイはユリウスの肩をかついだまま、歩き出した。
ユリウスも慌てて、よろめきながらも歩調を合わせた。

「……や、………か?」
時折グレイが横から声をかけるが、あまり聞こえない。
銃声があるのかさえ分からない。
ただ、血が止まらず、一歩ごとに熱が奪われていくことだけは自覚していた。
やがて、どこかのドアの前に来た。扉を指してグレイが真剣な顔で何か言う。
――ああ、ここで休めということか。
グレイに向け、小さくうなずいた。彼もうなずき返し、背を押してくる。
――ここで休んで怪我が巻き戻ったら部品箱を……部品箱。必ず取りに行かないと。
ユリウスは何度も強く思い、震える手でドアノブをつかみ、回した。
扉が薄く開く。そして中に入ろうとし、
「!!」
気のせいではない、後ろで銃声が聞こえた。
振り向くと、グレイが脇腹を押さえていた――手を血がつたうのが見えた。
「…………!!」
名を呼んだつもりだが、言葉にならない。
グレイは痛みをこらえる顔でこちらに怒鳴る。
「時計屋、早く行け!!」
――だが……
しかしトカゲが無理やりドアを開き、ユリウスの背を押した。
抵抗しようとしたがそのまま扉を超えて押し出される。
――トカゲっ!!
銃の乱射音が聞こえ――振り向いたときには扉は閉まっていた。
ユリウスはその扉を開けようとし、
――え!?
ユリウスは目を見開いた。
扉がない。
まばたきした一瞬の間に消えてしまった。
――え、なぜ……。
周囲を確かめようとし、ユリウスは何かにつまずき、つんのめって倒れた。
地面に爪を立て、またも悪態をつく。
――くそ、早く起き上がらないと……。
だが力が出ない。グレイは致命傷ではないと言った気がするが事実なのだろうか。
かすむ視界のまま手を伸ばすと、何かに触れた。
――これは……
何か分かった瞬間、自分を呪って怒鳴りたくなった。

窓から落とした部品箱だった。

――ドアの回廊!!

視界がかすんで分からなかった。
そして、ここが塔の外だということは愚か者の自分にも理解出来た。
グレイは自分を作業室に戻そうと、身の危険を冒して、導いてくれたというのに。
「……っ!」
中も安全ではなかったが、外はもっと危険だ。
ここまで体力が失せて、もう塔の入り口にすらたどり着けるかどうか。
脱力すると急激に寒さを感じた。
体温が下がっているのだとしたらかなり危険だ。
追い打ちをかけるかのように、耳元で再び銃声がした。
ユリウスは顔を上げる。残る力で引き金を引き、銃弾を叩きつけた。
だがそれ以上動けなかった。
寒い。身を切るように寒い。
必死に顔を上げても目がかすむ。
マフィアらしき十数人がこちらに駆けてくるのが見えた。
帽子屋ファミリーではないらしいが、もうそんなことはどうでもいい。
部品箱では、盾にすらならないだろう。
――トカゲ……すまないな。
吐く息さえ冷たい。
ユリウスはせめて一人でも道連れにしてやろうと寒さに震える手で銃を構える。
その前に蜂の巣にされると分かっていても。

「ユリウスっ!!」

声がした。

その瞬間、銃弾を浴び、マフィアたちがなぎ倒される。
――え?

トカゲではない。彼はドアの回廊で応戦中だ。来られるはずがない。
そう思った時、その男はユリウスを守るように目の前に立ったのは。
――え……。

たなびくコートは風をまとう赤。
銃を大剣に戻し、慣れた動作で構える。
わずかに振り向きユリウスを見下ろす目は、感情のつかめぬ鮮やかな緋。

――夢だ……そんな……

「間に合ったみたいだ。はは。俺って騎士っぽいぜ」

変わらない爽やかすぎる笑い声。
ユリウスは気づいた。

雪が降っている。自分の息が白い。
出血で低体温状態になっていると思っていたが、実際に寒かったのだ。
今、クローバーの塔は冬になろうとしている。

――エイプリル・シーズン!

「役持ちだっ!」
「撃ち取れ!!」
突然の闖入者に驚いていた者たちは、我に返って銃弾を放つ。
だが彼は銃弾を『弾いた』。剣の一振りで。
そして呆気に取られる襲撃者たち笑いかけ、あまりにも場違いな口上を述べる。

「正義の味方、ただいま参上!!」

ハートの騎士エースはそう叫ぶと、猛然と敵陣に踊りかかった。


(10/10/01 - 11/01/29)

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