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■クローバーの塔の混乱・上

「尋問の許可を取ってすぐ夢にこもってしまわれた、今もそのままなんだ。
こちら側から引き出すには時間がかかることもあり、打つ手がない」
「芋虫が?こんなときに?」
普段は『芋虫』という主の蔑称に眉をひそめるグレイも、今は訂正しない。
「ああ。以前から逃避傾向はあったが、最近は特に顕著で時間も長くなっている。
仕方ないから俺や部下たちが不眠不休で動き回っているわけだ」
グレイは立ち上がると、手早く身体を清め、身なりを整えた。
「何をしようとしているかは知らないが、必要な物資があれば申しつけてくれ。
塔内も爆弾や暗殺騒ぎが起こっているから、あとで護衛も送る。
それでは、事が落ちついたらまた会おう。いいか、作業室から出るなよ」
さっきまでしていた行為を忘れたかのようにユリウスに軽く口づけ、背を向ける。
そのままコートの裾をひるがえし去ろうとするのを、
「おい、トカゲ。他に私に言うことはないのか?」
振り向いたトカゲの目は、爬虫類の冷たさを残していた。
「言い訳はしないが詫びる気もない。尋問に行き過ぎがあったことは認めるが、
俺はナイトメア様の部下として最善と思われる行動を取っただけだ」
「最善の行動であんな真似をするのか?私はもう、おまえとの関係は――」
「黙れ」
「!!」
動きが見えなかった。一瞬ののちに痛みが来る。
グレイはユリウスの髪をつかみ、引き寄せると、噛みつくようなキスをした。
「ん……ん……」
熱い。
頭を振って拒んでも、舌が強引に入り込み、口内を蹂躙する。
傷ついた身体にグレイの腕が回り、折れそうなほどに強く抱きしめられた。
窒息するか背骨が折れるのが先かと本気で危ぶんだ頃、ようやくグレイが離れた。
「おまえをあきらめる気はない。俺は俺のルールに従いゲームをする。それだけだ」
「ルールと他領土の役持ちとの恋愛だぞ。両立出来るはずが……」
「それもまたゲームの縛りの内。おまえが名を呼んだ男に負ける気はない」
「!!」
赤面する。やはり聞いていたのか。
だがグレイはそれ以上追及せず、今度こそコートをひるがえして出て行った。
後にはユリウスが一人残された。
「あいつは……」
そこでユリウスも我に返った。
――そうだ。私も急がなければ。
時計屋であること、その矜持。それが最後に残されたものだ。
服はズタズタにされたが、作業室には予備がある。痛みなどに構っていられず、
手近なシーツを引っかけ、ユリウスは作業室に戻った。

そして扉を開き――愕然とした。作業室は無残な有様だった。

泥棒でもここまではしないだろう。机の引き出しから何から何まで引き出され、
ひっくり返されている。メモは床に落ち、棚は開けられ、床板まで剥がされていた。
あの補佐官が、単に性欲処理だけに時間を費やすはずもない。ユリウスを作業室に
帰さないための時間稼ぎ、という意図もしっかりあったのだろう。
……すぐ隣室で部下が家捜ししている間に男を抱く。
その図太い神経にも、ある意味戦慄するが。
だが山積みになった時計も加わって、作業室は足の踏み場もない混沌状態だ。
「トカゲっ!!この代償は安く済むと思うなよ、×××××がっ!!」
口汚く罵り、怒り心頭で髪をかきむしった。

――どうする?時計を作り直すか?

しかし、破壊された時計を直すのは一仕事だし、今は落ち着かない情勢だ。
抗争も継続しているし、時を止めた時計から先に修理した方がいいだろう。
ユリウスは素早く判断し、時計屋の予備の服を急いで着込み、タイを締める。
そして、一番重要な部品箱を持ったとき、部屋のすぐそばで爆音がとどろいた。

床が振動し、乱雑な部屋で、ユリウスは箱を持ったままつまずいてしまった。
「っ!!」
最重要の部品箱は、そのまま窓の外へ吸い込まれる。

「くそっ!××××!!」
床を殴る。踏んだり蹴ったりとはこのことか。ここ最近の運の無さ。
あまりにあの男を笑えない。
――どうする?あの部品は修理には必要不可欠だぞ?
ユリウスは扉を見た。敵の標的は、自分も含まれているかもしれない。
どこか近くで銃声が聞こえた気もする。
塔の主たるナイトメアは不在。塔の防衛は万全ではない。
この部屋にいれば安全だ。例え刺客が大挙して押し寄せようと、ここは『領土』だ。
そして役持ちには権力がある。
今まさに夢魔が夢に引きこもっているように、ユリウスが必要な仕事をしないから
と言って、責める者は誰一人いない。
ユリウスは窓の外を見た。
いやでも聞こえる銃声と悲鳴、戦場のようにあちこちから立ち上る煙。
こうして見ている間に、近くの市街で新たな爆炎が噴き出した。
あの下で、また大量の時計が時を止めている。
出ないわけにはいかない。
ユリウスは決意し、嘆息した。そして、愛用のスパナを銃に変えた。
時間の番人。時計塔の管理人。時間の定義を守る者。
時間の乱れを正し、乱す者には罰を。
ふさわしくない者がその『役』にある、などとは誰にも言わせない。
それに、そう大げさなことをしようとしているわけでもない。
塔を出て、落ちた部品箱を取って戻るだけだ。一時間帯もかからない。
ユリウスは銃の引き金に指をかけたまま、扉を開けた。
そして眼前で爆発が起こった。

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