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■ハートの騎士・下

「ユリウス、普段から不摂生なんじゃないか?」
顔を赤くしながらテントを出ると、空は快晴だ。
焚き火の前では騎士が笑っている。
「キャンプ料理を美味しそうに食べて、テントの薄い布団で眠りこけるんだもんな。
嬉しいと言うよりユリウスの普段の生活が心配になるぜ」
少し前に、自分に斬りかかってきた相手が、こちらの日常生活を心配してくる。
「それにユリウスって、普段からあんまり人と話さないんじゃないか?
話すのがたどたどしくて、回りくどくて分かりにくい。しかも話題が仕事の話だけ。
何かすっごく寂しいっていうか、人と話しなれてない人って感じだったぜ」
――こ、この男は……。
ニコニコと話を聞いていたと思ったら、内心ではそんなことを考えていたのか。
少しでも楽しいと感じてしまった自分が愚かだった。
そしてユリウスが殴ってやろうかと、拳を握る前に、騎士が何かを器によそった。
ハイ、と手渡されたのは湯気を立てるスープだった。
「あ、すまない……」
押し付けられるとつい礼を言って飲んでしまう。
芳香とほのかな甘辛味が胃に染み込む。
顔に出てしまったのか、またも騎士がユリウスに微笑む。

自分もスープを飲みながら、騎士は言った。
「ユリウスって支配階級の役持ちなのに、本当に真面目だよな。
仕事の話しか出来ないってことは、ふだん仕事しかしてないんだろ?」
「う……まあ、そういうことに……なるか」
断じて餌付けされたわけではない。
だが食糧をもらった以上、むげな対応がはばかられた。
「ろくに寝てない、食べないで仕事を頑張っている。
なのに、街じゃ『葬儀屋』とかひどいことばかり言われてる」
ユリウスは皮肉気に笑った。
「外面を取り繕う趣味はない。偏屈で仕事以外とりえのないのも事実だ」
言いながら、ユリウスはハタと気づく。
そういえばこの騎士は呼び捨てにする前……自分を『葬儀屋』と連呼していた。

――待て。ということは、こいつ…『葬儀屋』が蔑称とちゃんと分かっていた上で
私を『葬儀屋』と呼んでいたのか!?

ストレートな腹黒もあったものだ。
しかも『普通は思っていても口に出さない』ことまで平気で口に出してくる。
……爽やかな第一印象とは裏腹に、かなりアレな性格の持ち主なようだ。
そんなユリウスの内心を知ってか知らずか、騎士は呑気に、
「役割に忠実な時計塔なんて、俺に一番無縁な場所だと思ってたけど、
ユリウスみたいな人に出会えるんなら、もっと早く来ていれば良かったぜ」
「…………?」
言葉の意図がつかめない。まるで自分と会えたことを喜んでいるように聞こえる。
「時計屋を殺せば何か変わるかと思ったけど、止めた。
俺、ユリウスのことが大好きになってきた。
一度きりにしようと思ったけど、これからも時計塔に遊びに来るぜ」
「断る!」
絶叫した。
冗談ではない。静かな生活をこんな失礼な男に乱されてたまるか!
エースは心外そうに言った。
「何でだよ。俺、ユリウスのことが好きになったんだぜ?
好きな人には会いたいのが普通だろ?」
――人をおちょくってるのか、こいつは……!
「男に向かって気色悪い言葉を連呼するな!」
そして少しだけエースから目をそらし、
「それに……私は会いたいと思うような素晴らしい人間ではない。
期待するだけ無駄だ……そのうちガッカリする」
すると騎士はなぜか嬉しそうな顔になった。
「うんうん、ユリウスは素晴らしくはないよな。
仕事しかしないで、こんな陰気な場所に一人ぼっちだ。しかも嫌われてる」
「…………」
「領主クラスの役持ちなのに、生活は地味で、ろくなものも食べてなくて、
まともに寝てなくて、他の領主にも全く相手にされてなくて。
全然仕事をしない夢魔さんでさえ、仕えてくれる人はいるのにさ」
「……………………」
明けすけにけなされ、何だか泣きたい気分になってきた。
なのに反論が一切出来ない。
それ以外の生き方が出来ないのだ。どうすればいいのか分からない
顔に出ているのか、騎士はニヤニヤとのぞきこんでくる。

――こいつは塔に二度と入れない、ああ二度とだ。
それだけは決意する。

「だから、そんな可哀想な人には誰かがついててあげなきゃな」
「え……?」

「俺がユリウスの親友になってやる!」
「はあ!?」

「俺は騎士だから、可哀想な人は放っておけないんだ!」
青空のように、ハートの騎士は笑った。

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