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■トカゲの尋問・中

グレイは煙草に火をつけ、苛立ったように吸う。
「対応しようにも、思うように情報が集まらず後手後手に回らざるを得ない。
帽子屋や他のファミリーに潜らせた内偵者は惨殺され、塔の敷地内に放り込まれた。
少しでも正確な情報を把握するため。手段を選んではいられない」
その表情は真剣だった。
「前の国で、おまえと帽子屋の間に三月ウサギをめぐる揉めごとがあったことは
つかんでいる。だが、こちらの国に移ってからはマフィアが意図的に情報を
隠していて、裏で何が起こっているか把握出来ていない。おまえだけが頼りだ」
そうは言われても、あえて話すだけのことはない。
これまでの抗争は三月ウサギが暴れていただけのことだ。
親友を殺した犯人の手がかりを求めて。
あとは混乱に乗じた、小勢力が動いて、全貌が見えにくくなっているだけだろう。
それだけの単純なことなのに、グレイたちは、裏で何か巨大な陰謀でもあるのかと
勝手に勘違いしているようだ。巻き込まれたこちらはいい迷惑だ。
だからユリウスは言った。

「心配しなくとも、混乱はじきに収まる。私の今やっていることは塔に損害を
与えることではない。言えるのはそれだけだ」
「いや、足りない」
「!!」

鋭い痛みを感じ、歯を食いしばった。鮮血がぽたぽたと肩口を濡らす。

――落ち着け、耳の先を斬られただけだ。
以前に夢魔の部下が話していた、効果的な痛覚の与え方だ。
「時計屋。俺がおまえに惚れているから、ひどいことは出来ないと思っているか?」
グレイが斬られた耳に顔を近づけ、動物のように傷口をなめる。
「……つうっ!!」
今度こそ叫んだ。グレイが斬った箇所に犬歯を立て、傷をえぐったのだ。
「惚れているからこそ、目茶苦茶にしてやりたいという思いもある」
口の血をぬぐい、グレイは笑う。
そしてユリウスを乱暴に床に押し倒した。後頭部を硬い床石にぶつけ、火花が走る。
「床は嫌いだと言っていたのに、悪いな」
だが声はどこか愉しそうだ。昔の片鱗が目の中に覗く。彼はユリウスに覆い被さる
ようにしてナイフを構え、
「もう一度聞く。時計屋ユリウス。
帽子屋と時計塔について、知りうることを全て話せ。
拒否すれば、五体満足での解放は約束出来ない」
「隠すほどのことはない。先ほども言ったが、抗争はじきに収まり、私の仕事も
クローバーの塔には何ら損害を与えない」
「それだけでは説明になっていない。隠すほどのことではないのなら、なぜ話さない」
「それは……」
ユリウスは言葉につまった。
真相を話すことは簡単だ。四分の一時間帯も必要ない。
三月ウサギとは前の国で懇意にしていた。
三月ウサギが時計を隠し持っていたことで仲違いした。
この国では互いに勝手にやっていたが、帽子屋に犯人に仕立て上げられた。
そこまではいい。

だが、時計破壊の大罪はどう話す。
考えたくもない最大の屈辱だ。
それをこの男に知られるなど……。
「なあ時計屋。街に噂が広がっているんだ。『クローバーの塔を後ろ盾につけた
時計塔が、帽子屋に喧嘩を売って、今の抗争騒ぎが起きている』と。
今の状態はおまえにもプラスではない」
「デマの拡散か。トカゲ、真実ではないとおまえたちも判っているだろう?」
「だが、市民は納得しない。塔内部にも噂を信じる者がいる。そう言った奴らは、
時計塔に人員を割くべきでないとの声を上げている。
今おまえを擁護しているのは――」
あえて聞きたいことでもない。
だがグレイはナイフを突きつけながらも言葉を続ける。
「クローバーの塔のために、時計塔のために、我々は真相を知りたい。
教えてくれ、時計屋。いったい何があったんだ?」
「拒否する。時計塔の利益を損なうことだ」
ユリウスは頑なに答える。
拷問の危機を前に、そこまで意地を張る必要があるのかと思いながら。

ただ単に、自分と親しくしてくれた男に恥を晒したくないだけかもしれない。
帽子屋に先手を取られたのも、自分の怠慢が遠因。
塔の作業室に引きこもり、色恋だの手下だの、小さな悩みに右往左往し、全てに
中途半端だった。
時間の番人という大役に就きながら、夢魔や女王のように、曲がりなりにも市政を
敷くことも、帽子屋のように人材や人脈を確保し、利益を求め暗躍することも。
何一つしてこなかった。
そして全てのツケが今ここに収束している。


――自分には、味方が誰一人いない。


沈黙を完全な拒否と判断したのだろう。
「時計屋……本当に残念だ」
だが、その声の中に潜む一抹の愉悦にもユリウスは気づいていた。
グレイはナイフを構え、音を立て、ユリウスの服を引き裂いた。

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