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■トカゲの尋問・上

胸元に忍び込む手には意識を持って行かれまいと、ユリウスは努めて冷静に答えた。
「だが、いつもと様子が違う。あそこまで大量の資料を漁り、壁を覆い尽くすほど
手順を記すのはなぜだ?」
「おまえも時計屋になりたいのか?やる気がないのなら、身体を離せ」
グレイは身体をわずかに起こすが、離れることはない。
ユリウスを見下ろす黄の瞳は、今は爬虫類より獲物を狙う獣を連想させる。
「あ……」
グレイの手が布の上からユリウスの××に触れ、ゆっくりと愛撫を始める。
悔しいが疲労した身体は、それだけでわずかに反応してしまう。
夢魔の部下は焦らすように緩慢に手を動かしながら、
「時計屋。何か大仕事でも始めるのか?塔の方でも手伝えることはあるか?」
「いや……な、ない……他の役持ちに、かまうな……」
紅潮する顔を覗き込まれ、必死に背けるが、今の爬虫類はしつこい。
グレイは手を口元に持って行くと指を唇に割り込ませ、口内を浸食する。
「ん……んん……」
舌や頬の裏を硬い指が荒らし回る。
吐かせる気かと思うほど、指は舌の奥まで入り込み、嘔吐感と苦しさで咳き込んだ。
だが噛まれて痛いだろうに、指の動きはむしろ強くなる。
「んん……っ!!」
抗議するために見上げるが、夢魔の部下は別の手でシャツの前を開けている。
その目はユリウスを観察する眼差しだった。誰かを連想させる冷ややかな――
「っ!」
ゾクリとしたものが身体を走る。一瞬、別の人間に見下ろされている錯覚を覚えた。
それに気づいてか、気づかないでか、グレイは糸を引く指を出すと、その手で
ユリウスの胸に触れる。爬虫類に舐められているような冷えた感触に、ユリウスは
小さく声を上げた。グレイは愛撫を続けながら、ユリウスに顔を近づけ、
「時計屋。乱暴な方が好きなら今夜はそうしよう。だから、俺だけに教えてくれ。
いったい、おまえは何をするつもりなんだ?何で、そんなことになった……?」
「!!」
瞬間、ユリウスの頭が一気に冷えた。

「くそっ!離せ!!」
「…………」

強く怒鳴り暴れる。グレイが素早く身体を引いた隙を見計らい、床に転がった。
打ちつけた肩が痛むが今は、夢魔の部下から距離を取りたい一心だった。
両手首を縛られたまま、受け身を取りベッドを見上げる。
身体を起こし、腰かけたグレイは、シャツの前をはだけた姿で笑い声を上げていた。
「はは。やはり男相手には通じないな。女なら、大抵は口を割ってくれたんだが」
「おまえ……間諜の真似事までしているのか?」
「いや。今回はナイトメア様にお願いした。どうしても俺に尋問させてほしいとな」
「…………」
『尋問』。
例え床であろうと、自分の部屋で休息を取らなかったことを心底から後悔した。

たった一部屋となりであるだけで、ここは立派な『よその領土』だ。
愛をささやかれ無条件に惚れられているからといって、相手がいつまでも裏切らない
ものだと、なぜ能天気に信じていたのか。
「くそっ……」
両手を縛るネクタイも、いつもとは違い容易く解ける縛り方ではない。
もがけばもがくほど、きつく締まってくる。
夢魔の部下はベッドサイドに腰かけ、床のユリウスを見下ろす。
まるで、出会ったあの頃のように冷ややかに。

「時計屋ユリウス。クローバーの塔が答えてほしいことは二つだ。
一つ。××時間帯前、おまえはどこに出かけていた。
一つ。時計屋は今、何をしようとしている」

「……おまえたちの想像しているとおりだ」
「それが一向につかめない。おまえが帽子屋の遺留品について聞き、その後、珍しく
外に出た。だが後を追わせた部下は全員抹殺され、目撃者も全て消されている」
「何……」
「帽子屋ファミリー以外で、あのとき何があったのか知っているのはおまえだけだ」
ユリウスは目をそらし、うつむいた。やはり不審に思われ監視されていたのか。
だが隠すほどのことではない。

三月ウサギと会っていた。
三月ウサギが時計を壊し、自分はその時計の修復準備中である。

「……黙秘だ。回答を拒否する」

グレイはユリウスの答えに驚いた様子もなく、ゆっくりと立ち上がる。
椅子にかけたコートから一本のナイフを抜くと、切っ先をユリウスの耳に当てた。
「もう一度聞こう。時計屋ユリウス。
現在の帽子屋ファミリーの内情と、時計塔の内情。
クローバーの塔は、その情報を真剣に欲している」
「先に答えてもらおう。理由は?」
「塔下の市民の安全、塔の部下の安全……そして、ナイトメア様の安全のためだ」
「おまえ、私を愛してるだの何だの、散々言っていなかったか?」
挑発にもならないだろうが、ユリウスは言った。グレイの表情は動かない。
「時計屋。俺たちは皆ゲームをしているんだ。分かるだろう?
今も、俺はおまえを愛している。その気持ちに嘘偽りはない。
だが俺はナイトメア様の部下なんだ」
ただ子どもに言い聞かせるように静かに言う。
「トカゲ。もう一つだけ教えろ。今、外で何が起こっている」
グレイの方はあっさりと答えた。
「抗争が頻発し、市民にも市民生活にも甚大な被害が出ている」

トカゲは続けた。
「最も懸念されるのは、混乱でナイトメア様の身の安全が危うくなることだ。
摘発したナイトメア様暗殺計画は未遂含め数十件になる」
ユリウスは眉をひそめた。
なるほど。トカゲが躍起になって情報を求めているわけだ。

あのとき、時計を壊された後、帽子屋の手下に多少こづかれ解放された。
三月ウサギが『楽に殺したくない。もっと考えて撃ちたい』と言ったためだ。
愚鈍なウサギは帽子屋に対し警戒こそ解かないものの、形ばかりの礼は言い、ボスに
従い帽子屋屋敷に『帰った』。

あのとき起こった全ては、それだけだ。

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