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■破壊

無実を証明しようにも方法が浮かばず、言いよどんでいると、
「時間が経過したことは謝ろう、エリオット。
だが事件現場は引っ越しで一緒に移ってきたから総出で捜索し、発見した」
「そんな……そんな……」
三月ウサギの声が震える。
「デタラメだ!いい加減にしろ、帽子屋!」
「ならどう証明する?この飾り時計からはちゃんとおまえの指紋も出ているし、
おまえが撃ったとの証言も、多数寄せられている」
「そ、そうなのか?ブラッド!」
と三月ウサギ。ユリウスは必死で、
「指紋など捏造だ。証人とやらもおまえたちが脅して言わせているだけだろう!」
「ならおまえの指紋とつき合わせて鑑定するか?
証人たちともじっくり話して、つじつまの合わない点があれば論破してみるといい」
「…………」
この自信から見るに、どこで採取したのか知らないが、指紋は本物だろう。
帽子屋の精鋭工作員たちも、証言を合わせるくらい朝飯前なはず。
そして、恐らく他にも証拠や証言は用意されている。
その一つ一つをどうかわしていけば。
そして、捏造だ工作だと主張するほど、こちらの立場は危うくなっていく。
「畜生、俺は何て奴の部下になろうとしてたんだ……」
三月ウサギの目は今や氷点下に近い。
彼には、きっと帽子屋が真犯人を追い詰めたようにしか見えていない。
「三月ウサギ、信じてくれ、私は……」
ユリウスは何とか突破口を探そうと、三月ウサギを見た。
殺意。
「っ!!」
ユリウスは危険を感じ、横に転がった。

銃声。耳を覆いたくなる凄まじい銃声。
だがその標的は自分だ。

「時計屋ぁっ!!」
ユリウスは走り、撃ち、轟音の中で必死に叫ぶ。

「三月ウサギ、話を聞け!!私は殺してはいない!!全て帽子屋の作り話だっ!!」
だが三月ウサギは叫ぶ。涙を流して、憎悪の言葉を叩きつける。
「うるせえっ!何で殺した!いけしゃあしゃあと部下にしようとしたり、親切面で
時計をよこせ、なんて言ったりしたんだ!あんたのことを信じてたのにっ!!」
動揺のためか悔し涙で視界がかすむのか、狙いが定まらないようだ。
「三月ウサギっ!!」
銃弾をくぐり、何を言いたいかも分からず怒鳴る。
時計が痛い。なぜか分からない。だがきしむように痛い。
帽子屋は他人事の争いを、ただ笑っている。
「……っつう……」
ついにユリウスに体力の限界が来た。
肉をえぐる銃弾。回る視界、衝撃と、口に入る土の味。
時間にして数秒だっただろうが、仰向けにされ目を開ける。
目の前に三月ウサギの銃口があった。
「三月ウサギ……」
「簡単には殺さねえ……俺が裏で教わった拷問を一つ一つ試してやる。
最後に殺してくれって懇願するようにな」
ウサギと言うより肉食獣のようなギラギラした瞳がユリウスを睨みつける。
欺かれた(と思い込んでいる)ことで、全ての感情が憎しみに転化したらしい。
森の奥で、外回りの補佐官も来ない場所だ。

――今度こそ、か……。

どんなに苦しいとしても気の短いウサギのことだ。長くて数時間帯の辛抱か。
ユリウスはどこか捨て鉢に考えた。
そして、再び時計のきしみを感じた。さっきとは違う痛みだった。
――何が哀しいのだろうな。
礼を言う暇もなく去ることか、どうしようもない自分への哀れみか。
「落ち着け、エリオット」
静かな制止の声がした。帽子屋だった。
「うるせえ!!」
三月ウサギは帽子屋を怒鳴りつける。牙でも剥きそうな勢いで、
「邪魔をするならおまえも殺すぞっ!!」
念入りに捏造証拠を用意したようだが、信頼の醸成には至らなかったようだ。
――フン。私を陥れられたが三月ウサギの取り込みには失敗したようだな。
ほんの少しだけ溜飲が下がった。
一方三月ウサギは銃口をユリウスに戻し、
「最初は耳からだ。三秒ごとに、あんたの身体の一部が無くなってくぜ」
――おいおい、再会したときの私の脅しを、実は根に持っていたのか?
しかもあのとき、自分は十秒と言ったのが、三秒に短縮されている。
「失血死出来るなんて期待するなよ?治療しながらじわじわと苦しめてやるからよ」
ユリウスはコメントする気も起きず目を閉じ、耳が吹き飛ぶ瞬間を待った。
だが、ふと三月ウサギが動きを止める気配がした。
「そうだ……」
「……?」
不思議に思い目を開けると、
「くく、エリオット。おまえも愉快なことを考えるな」
帽子屋が愉快そうに笑っている。三月ウサギはうなずき、
「時計屋には、世話になったからな。それに免じて……撃つのはこれにする」
そしてユリウスは目を見ひらいた。

「――それだけは止めろっ!!」

声が出た。悲鳴のような声が。
三月ウサギの親友の時計。時計を見つめる三月ウサギに。
そして三月ウサギは、蒼白になった時計屋の顔を見て、うっすらと笑いを浮かべる。

「おまえみたいな最低な野郎にこいつが直されるなんて……許せねえ!」

ユリウスは起き上がろうとした。
三月ウサギの撃った銃弾が肩を貫通しようと、構わずに痛みさえ忘れ、手を伸ばす。
それを見た帽子屋がパチンと指を鳴らし、
「っ!!」
瞬間、背中に衝撃が走る。
「時計屋って本当に馬鹿だよね〜」
「こんな奴にも出来るなら、僕らにも出来そうだよね」
「お金になるかな〜でもお金になってもこんな仕事だけはしたくないね〜」
「離せぇっ!!」
帽子屋の背後からはファミリーの構成員数十人と、ブラッディ・ツインズ。
残酷な双子がユリウスに飛びかかり、押さえつけたのだ。
三月ウサギは時計に優しく語りかける。
「大丈夫だ。何も怖くねえよ。これでおまえは誰の代わりにもならねえ。
……俺が、いつまでもおまえを覚えている」
「止めろっ!止めろ、止めろ、止めろ、三月ウサギっ!!!」
大罪だ。時計屋として最大の屈辱だ。
何があっても、それだけは、けっして――

三月ウサギは時計を宙に投げた。
「止めろぉっ!!」
ユリウスは叫ぶ。
双子に傷を殴られ、構成員の弾丸が頬をかすめようとも。
悲鳴のような叫び。
暗い夕刻の空を止まった時計が舞う。
そしてエリオット=マーチは悲しみをたたえた表情で銃口を空に向けた。

「ごめんな」

乾いた音がした。

時を止めた時計は完璧に破壊され、四散して草むらに消えた。


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