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■帽子屋の陰謀・下

「なら聞こうか、エリオット。なぜおまえのボスの私より、葬儀屋を信じる。
おまえの親友の時計しか眼中にない男だぞ?」
「そんなことあるか!時計屋さんは何度も俺を助けてくれて、それに賢くて優しい
すっっっげえ尊敬出来る人だからだっ!!」
「う……」
――さすがにこういう状況では遠慮してほしいな。
ユリウスは背筋の悪寒を何とかこらえた。
帽子屋はそんなユリウスをニヤニヤ眺めながら、
「ふむ。一度は仲違いしたと聞いたが、やはりウサギは物忘れが早いな」
「はあ?誰がウサギだ!!」
三月ウサギは苛々したのかさらに数発撃つが、やはり帽子屋は軽やかに避ける。
「お前が必死にかばうその男は時計屋だ。
時計を直し、役を受け継がせ、そしてお前の親友の存在を根底から抹消する」
「そ、そんなことは分かってるっ!」
怒声、そして銃声。
「その男はお前のことなど考えてはいないぞ」と帽子屋。
「頭にあるのは役のこと、仕事のことだけだ、エリオット=マーチ。
お前のことも時計を持って逃げた役持ちの一人、としか考えていない」
「違うっ!そうだよな、時計屋さん!俺たちは友達同士だろ!?」
「あ、ああ」
時計屋の自分としては、三月ウサギが時計を持って逃げた時点でもう縁が切れた
つもりでいたが、ここで否定すれば話がややこしくなると、何とか肯定する。
「ふふ。厚い友情で結ばれているようで何よりだ」
分かっているだろうに、口に手を当て帽子屋は含み笑いする。

「と、時計屋さんは親切だぜ!前の国でだって、俺に塔に来るように言って
くれたんだからなっ!!」
切り札でも出すように胸を張る三月ウサギ。
だが、マフィアのボスの声が切り裂く。
「それはそうだろう。そのとき時計塔と帽子屋は対立していた。
お前に帽子屋に合流してほしくなくて、我々を意図的に引き裂こうとした」
「は?」
今度はユリウスが声を出す番だ。
話が意味不明な方向に行っている。帽子屋は本当に気が触れてしまったのだろうか。
三月ウサギも呆れたように、
「あんた頭おかしくなったのか、ブラッド。
対立も何も、俺と仲良くしてたからあんたらが時計屋に嫌がらせをしてたんだろ。
いくら俺が頭悪くても覚えてるぜ」
帽子屋はフッと笑う。
「そこまで葬儀屋の方を信ずるか?
人手が足りなくなれば騎士にさえ頭を下げるプライドのない男だぞ?」
「!!」
突然、騎士のことを出されユリウスはわずかに反応が遅れる。我に返ったとき、
「そ、そうだったな。時計屋さん、何か騎士とも仲良かったよな……」
三月ウサギは少し暗い顔をしていた。帽子屋はだるそうな声で、
「なあ、エリオット。私は時計屋と比べ、そこまで信用に値しない男か?」
「そこまでは……そりゃ、ブラッド。あんたとの撃ち合いは楽しかったけど……」
「マフィアの世界に片足を踏み入れ、どうだった?想像よりひどい世界だったか?」
「思ったより悪くなかった。帽子屋ファミリーはすげえってちょっと見直して――」
「この前の、お前の裏での立ち回りも見事だった。おかげで対立ファミリーが――」
「おい、三月ウサギ……」
天敵扱いだった帽子屋と話が弾むのは結構だ。
だが親友を殺した犯人扱いを改め、時計を渡して欲しい。
己の時計のどこかに不安の鐘が鳴る。
――時計さえ受け取っていれば、今のうちにこの場を立ち去れるのに……。
苛々して仕方なかった。

そして、声をかけかね、手をこまねいているうちに帽子屋がユリウスに言う。
「葬儀屋、おまえはエリオットが帽子屋ファミリーに加わると困ると思っていた
のだろう?だから自分の陣営に引き入れようとしたと」
「……戯れ言だ。私一人で帽子屋ファミリーの内部分裂をもくろんだとでも言いたい
のか?その奇矯な帽子に劣らず頭の中も完全にイカレたようだな、帽子屋」
しかし、むしろ帽子屋は嬉しそうに笑んだ。
「我々も驚くと同時に呆れた。時計屋はなかなか怖い男だとな。
たかが自分の領域に少し入られた程度であそこまで激昂するとは、と」
「私は何も企んではいない!三月ウサギの親友を殺してもいない!!」
三月ウサギはまだ迷っている風だった。
ユリウスが犯人だという突飛な発想が受け入れられず、かといって本来の上司で
あるブラッド=デュプレにも前ほどの拒否感はない。無下に出来ないのだろう。
――帽子屋ごときに、負けてたまるか……。
動かなければ、命さえ押し流されてしまう。
「三月ウサギ、でたらめだとおまえにも分かるだろう。何も証拠はない」
「そ、そうだよな」
「とにかく、信じてくれ。違うんだ」
帽子屋の笑みがさらに深くなる。獲物を追い詰めた獣のように。
「ほほう。なら、証拠があれば別では無いか?」
「……は?」
帽子屋を見ると、彼はふところから何かを取り出す。
血のついた時計の飾りだった。
「え……」
三月ウサギは目を見ひらく。
それはユリウスの身につけている飾り時計……を完全に模した偽物だった。
ご丁寧に土で汚され、古い血がこびりついたような加工までされている。
だが間違いなく自分の持っている飾り。その精巧な模型だ。
「馬鹿馬鹿しい真似を……」
追及する気にもなれず、呆れたが、三月ウサギの次の言葉に驚く。
「……あいつの匂いだ……」
「!?」
目を見ひらく。
フラフラと帽子屋から『偽の証拠品』を受け取った三月ウサギは、震える手でそれを
触り、血に触れ、匂いを慎重に嗅ぐ。
そういえばウサギだったと今さらながらに思い出した。
そしてしばらくして、ゆっくりと顔を上げ、ユリウスを凝視した。
「時計屋さん、あんた、本当に俺のダチを……」
「デタラメに決まっているだろう!その証拠品は偽物だ」
「けど、あいつの匂いが残ってる!忘れるわけがねえ!」
ユリウスは、三月ウサギの背後の、帽子屋の陰険な笑いに確信する。

……つまり帽子屋ファミリーが犯人ということか。

意図あってのものか、流れ弾などでたまたま撃ってしまったのか知りたくもないが。
しかし、それを知られて最も話がややこしくなるのは帽子屋だ。黙っていてもコトは
隠蔽出来るだろうが、三月ウサギと時計屋が再度近づく気配を見せている。
だからユリウスに罪を押しつけ仲違いを誘い、三月ウサギを取り込もうという腹か。

しかし第三者にカラクリは明白でも、当事者にそれを証明することは難しい。
帽子屋ファミリーのことだ。ユリウスの私物の偽造はどこまでも完璧だろう。

「時計屋さん……」
「…………」
三月ウサギの視線が、少しずつ厳しさを増していた。
ユリウスは額に冷たい汗が浮くのを感じた。

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