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■ハートの騎士・中

分かった。もうそれでいいから、テントと焚き火を片付けて出て行け」
ユリウスはため息をついて立ち上がった。
塔はあとで残像に点検させればいいか。
これ以上、この無駄に爽やかでフレンドリーな騎士とは関わりたくない。
しかし騎士は本当に嬉しそうに、
「信じてくれてありがとう、葬儀屋さん!街で葬儀屋さんについて、本当にひどい
噂ばっかり聞いてたけど、葬儀屋さんは実はいい人なんだな!」
「…………」
物言いがいちいち引っかかる。それにいくら好意を表明されたところで『葬儀屋』と
いう蔑称で呼ばれて、好意を抱けるはずがない。
「よし、それじゃあ葬儀屋さんを俺のテントに招待する。
今晩は泊まって行ってくれよ!」
「はあ?ちょっと待て!」
いきなり腕をつかまれ、テントに引きずり込まれそうになり、ユリウスはあわてて
抵抗する。エースはユリウスの声にきょとんとして、
「どうしたんだ?葬儀屋さん。俺は騎士だぜ?
葬儀屋さんを性的な意味で襲ったりしないよ」
「襲われてたまるか!!というか『性的な意味で』など、わざわざ付け加えるな!」
やはりハートの城の人間だ。馬鹿に加えて狂っている。
ユリウスは怒鳴る。
「時計塔の内部で、何でテントに寝泊まりしなければいけないんだ!。
それに私は『テントを片付けて出て行け』と言ったはずだ!」
「うんうん、一晩泊まってから出て行ってほしいんだろ?
時計塔でのキャンプなんて初めてだから、楽しみだよ!」
「私の言葉を勝手に拡大解釈するなっ!今すぐに!ここから出て行け!」
エースは首をかしげる。
「そう?じゃあ設営しにくいけど階段にテント張るから、そっちで泊まろうぜ」
「塔の中でキャンプをする気か!?いや、塔の中もダメだ!もっと悪い!」
「そう?じゃあやっぱりここがいいぜ。さあ、葬儀屋さん。入った入った」
「いや、ちょっと待て!!」
背中をグイグイ押されてユリウスは焦る。騎士は物言いこそ軽いが、力は強い。
「何で私がお前のテントに泊まらなければいけないんだ、理由が無いだろう!」
「ええ?撃ち合って、一緒にメシ食べて……これって友情の始まりじゃないか?」
「どういう友情だ!私はお前の友達になる気など無い!」
必死に逃げようとするが、騎士の動きに隙はない。
「ええ?何でだよ、葬儀屋さん!」
「……人を『葬儀屋』と呼ぶような男など友人に出来るか!!」
「ああ。そうだよな。友達になったんだから名前で呼ぶべきだよな。
よろしく、ユリウス!」
「…………」
抵抗する間もなく握手される。手袋をつけたまま。
蔑称たる『葬儀屋』から『ユリウス』と、一気に馴れ馴れしくなる強引さ。
「じゃ、友情が成立したところで泊まってくれ、さあどうぞどうぞ」
「え?ええ?」
流された。

このときほどユリウスが、己の社交性の無さを呪ったことはなかった……。

…………
「ユリウスー、もうかなり時間帯が変わったぜ。起きろよー」
どこかから明るい声が降りかかる。
「ん……」
布団の中でユリウスは寝返りを打つ。
「ユリウスー、旅に出ようぜ。起きろよー。
起きないと性的な悪戯するからなー」
「!!」
危険を感じ、ユリウスはバッと起き上がる。
「え……あれ?」
そして目の前に、爽やかに笑う緋の瞳の男がいた。
「おはよう。ユリウス。みそ汁が出来てるぜ」
「……あ、ああ……」
赤いコートの男は鼻歌を歌いながら上機嫌で出て行く。
寝起きの頭で周囲を確認すると、ユリウスはテントの中にいた。
――ええと……私はなぜテントの中に……?
「っ!!」
寝る前のことを思い出し青ざめる。
妙なハートの騎士に会い、食事につき合わされた挙げ句、強引にテントに引きずり
込まれたのだ。しかし失態はそれだけではない。
もちろん危険なことは(性的なものも、そうでないものも)何もなかった。
けど……騎士と話し込んでしまった。

騎士は旅の話や、迷子になった話、趣味の仮面集めの話など(しかし妙な趣味だ)を
楽しそうに話し、ユリウスも渋々仕事の話や仕事の話や仕事の話を……というか他に
話すことがなかったので、そんな話を延々とした。
しかし騎士は嫌な顔一つせず聞いてくれた。少なくとも悪い気はしなかった。
人嫌いのユリウスもほんの少しだけ楽しい気分になった。
まさに『キャンプの夜』の空気だったのだ。

とはいえ、この騎士を信用したわけではない。
ユリウスは騎士が寝てからこっそりテントを抜け出すつもりだった。
だが、ユリウスはユリウスで普段からろくに寝ていない。
作業室のロフトベッドが使われることもめったになく、テントといえど、まともな
布団で横になって寝るのはずいぶん久しぶりだった。
……そして爆睡してしまった。
時計屋とも思えない失態の連続で、ユリウスは内心激しく落ち込む。

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