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■犯人捜しと慰め

「時計屋。いきなり来たかと思えば、妙なことを言うな……」
数十時間帯後、ユリウスはクローバーの塔の、グレイの私室にいた。
夜の時間帯に突然押しかけた時計屋に、さすがにグレイも驚いたようだった。
だがユリウスの話を聞いて、さらに目を丸くする。
「それは無理だ。いくらおまえの頼みでも」
印象に違わず、グレイは公私を分ける男だった。
「帽子屋ファミリーの遺留品はまずこちらに来ない。奴らは痕跡を残さないからな。
来たとしても『利用』する場合に備えて厳重保管している。勝手な譲渡は不可能だ」

結局、押されてしまった。三月ウサギの論理によれば、帽子屋ファミリーが彼の
親友とやらを撃ったという。クローバーの塔に、その遺留品なり証拠なりが残って
いないか心配なのだそうだ。
どう考えても馬鹿馬鹿しいことだったが、納得するまで探せばあきらめるだろう、と
遺留品捜しを引き受けてしまった。
それで、トカゲにすげなく断られたわけだ。

「だろうな。悪かった」
とにかく探す努力だけはしてやった。
軟弱な三月ウサギは部下に出来ない。良好な関係もすでに過去のことだ。
ユリウスはそのまま背を向け、グレイの部屋を出ようとする。するとグレイが、
「待て、なぜ帽子屋の遺留品など欲しがる。理由を話してから行け。おまえも役持ち
だろう。理由如何によっては都合をつけられるかもしれない」
「いや、いいんだ。個人的なことだからな」
どう転んだところで今さら真犯人を確定しようがない。
そもそも自分には、その親友とやらに面識も、一切の思い入れもないのだ。
適当な慰めと詫びをして、早々と時計を渡してもらおう。
ユリウスはさっさとそう決め、作業室に戻ろうと扉に手をかけたが、
「……離せ、トカゲ」
グレイが背後から、ユリウスの手首をつかんでいた。

故意なのか手首の傷の上を捕まれ、鈍痛が走る。
グレイは鋭い瞳でユリウスを見、
「理由は聞かず、都合をつけてもいい。ただし……」
「そんなベタな真似に頼るほど切羽詰まってはいないんだ。悪いな」
「はは。だろうと思った。悪役ぶってみたかったんだ」
グレイは自分の冗談に自分で笑い、真顔になると、
「だが、夜中に不用意に俺の部屋を訪れるほどには、疲れていた。だろう?」
「…………」
別に三月ウサギの願いを叶えてやりたいとか、そんなことは絶対に考えていない。
馴れ合いなどありえない。時計屋として、これ以上、時計を放っておけないだけだ。
そしてグレイは耳元で低く囁く。
「俺に慰めさせてくれるだろう?」
「断る。仕事で手一杯だ」
即座に否定した。
「分かっている。いちおう聞くフリをしただけだ」
「おまえという奴は……」
グレイはユリウスの横から部屋の鍵をかけると、ネクタイを引き抜いた。
「トカゲ、もう止めよう。私もおまえも、苦しいだけだ」
「心は、な。身体はそうでもないだろう」
強引に引っ張られ、抵抗する気力もなく引きずられる。
乱暴にベッドに押し倒され、ネクタイが手首にかけられた。
グレイはコートを床に投げ捨てると、慣れた手つきでユリウスの手首を縛る。
そしてユリウスの頬に片手を当て、唇を重ねた。

「ん……」
しばらく舌を絡め、顔を離すと、
「俺は何だろうと嬉しいよ。おまえが俺を頼ってくれるのはな」
「夢魔は不在だろう。重要案件について聞くならおまえしかいない」
素っ気なく告げた。
「ナイトメア様か……最近本当に夢に逃げておられることが多い。
最近は抗争も激しいというのに……」
ふと真顔に戻り、憂うグレイ。ユリウスは冷たい目で、
「だから、余計疲れる真似は避けたいのだが、お互いに」
「分かった分かった、そう怒るな。仕事の話はよそう」
真っ当な意見を述べただけなのに、なぜかなだめるように髪を撫でられた。
「トカゲ、おまえのその半端に、前向きな思考だけはうらやましいな」
「時計屋が後ろ向きすぎるだけだ……。と言いたいところだが、こればかりは、
ナイトメア様の影響かもしれないな。全く、あの方と来たら……」
情事の始めだというのになぜか愚痴が始まる。
「トカゲ、本当に怒っていいか?」
「怒るな。お互いに疲れているのだし、俺のことも慰めてくれるだろう?時計屋」
「断る!」
もちろんグレイは聞かずに、慣れた手つきでユリウスの服をはだけていく。
疲労しているというワリに、もどかしげに肌に触れる手も、愛おしげに口づける
動きも荒々しい。そして本当に疲労しているユリウスはため息をつき、
「トカゲ。性欲処理だけしたいのなら口でしてやってもいいぞ。私は慣れている」
かなりの沈黙があった。
「なあ、時計屋。俺はときどき、おまえの前の男はかなりひどい奴だったのでは
ないかと疑っているのだが……」
「…………」
そういえば、あいつはそういう奴だった。白昼の仕事場に押しかけ、強引に引き倒し
口だけ使われ、さっさと仕事に行ってしまう。
「その、たまに、何度か、そういうときがあっただけで……」
「たまに、だけでも十分にひどいだろう。なあ、そういう男は――」
「おい、おまえは代わりを務めてくれるんだろう?ならさっさとしてくれ」
やけ気味に何とか言うと、ようやくグレイも戻ってきた。

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