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■三月ウサギとの再会

ユリウスはぼんやりと森を歩いていた。
風は穏やかで、木漏れ日が葉の隙間から差し込んでくる。
やがてユリウスは一本の木の根もとに座る。

このまま歩いていたら、ドアの木立に迷い込みそうで怖かった。
「…………」
手首を見ると、縛られた痕があざになっていた。
歪んでいる。
この関係はおかしい。
終わらせなくてはいけない。
そう思うが、気力がわかない。終わらせたとて、今度は『奴』との関係を壊すという
作業が残っている。恐らくそれは死の危険を伴うだろう。
これ以上考えても疲れるだけだ、としばらく休んでからユリウスは立ち上がった。
強靱な精神力はなくとも、仕事はある。自分はこの世界唯一の時計屋なのだ。
せめてその最後の壁だけは守らなくては。
落ち込むだけ落ち込み、ユリウスは塔に向かって歩き出した。

「?」

そのとき気配を感じた。何かが背後の木陰から自分の様子をうかがっている。
――刺客か?
ふところの銃に手をのばした。だが殺気が感じられないのが妙だった。
「誰かいるのか?」
少し待ち、ユリウスは声を出した。
「あ、ああ……」
「!!」
その声にユリウスは耳を疑った。驚きの表情のまま振り返る。
「久しぶり、時計屋さん」

三月ウサギが立っていた。

…………

夕暮れの森に、途切れがちな会話が流れる。
「そっか。あんたもこの国に来てたんだ」
「あ、ああ。クローバーの塔で世話になっている」
「あそこ、でっかいもんな。ニンジンもたくさんあるんだろ?」
「ん。まあ、多分な」
「夜も暖かいんだろうな。ベッドはやわらかいのか?」
「いや、部屋は時計塔の狭い部屋のままなんだ」
「そっか。でもクローバーの塔の方が安全だよな。ぐっすり眠れそうだ」
「……ああ」
奇妙な会話だ。
時計を直す者と、壊れた時計を持つ者。
夕日の森で、二人は木の根元に腰かけて会話していた。

三月ウサギは思ったより元気そうだった。
だが耳は垂れ、毛にも艶がない。
「でも、また、あんたに親切にしてもらえるなんて思わなかったぜ。
俺、あんたを撃ったし、時計を持って逃げてるんだ。絶対撃たれると思った」
後ろめたそうに三月ウサギが笑う。
『親切』……出会い頭に撃たないだけで『親切』らしい。
「相手が罪人でない限り、みだりに撃ったりはしない」
「へえ、時計屋ってやっぱり変わってるな」
「…………」
嫌だから撃つ、気に入らないから撃つ。
それが当たり前で撃たない奴は変わり者、よく言って親切。誰も疑問を抱かない。
そしてユリウスは銃を取り出した。

「それでは、時計を渡してもらおうか。三月ウサギ」

「…………」
空気が瞬時に凍る。三月ウサギの気配が強ばるが、その前にユリウスは頭に銃を
つきつける。三月ウサギが油断してくれていたからこそ出来た芸当だ。
「……情けねえな、俺は」
時計屋ごときに謀られたことへの自虐か。
「あんた、ついさっき、罪人でなければ撃たないとかご高説を唱えてなかったか?」
「放っておいても罪人になるのなら罪人も同然だ」
そして冷酷に告げる。
「右の耳からだ。十秒ごとにおまえの身体の一部が無くなっていく」
「…………」
「十、九……」
ユリウスは時計屋の正確な時間感覚で一秒ずつカウントを切る。
三月ウサギは動かない。
「四、三、二……」
指に力をこめる。容赦はしない。だがそのとき、
「分かった。時計を渡す」
ユリウスは内心深く深く息をついた。無言で銃を下ろし、額の汗を拭く。
「だけど、一つだけ頼みがある」
譲歩はありえない。だが銃を構え直す前に、三月ウサギが言った。
「俺は、親友を殺した犯人を捜したいんだ」
「無理だ、あきらめろ」
言下に答えた。
だが三月ウサギは続ける。
「親友だったんだ!どうしても仇を取ってやりたい!
探し回って、手がかりはいくつか見つけたんだ、俺は帽子屋が怪しいと……」
「親友とやらのことはあきらめろ。もう過ぎ去った時間だ」
子どものように言い逃れようとする三月ウサギに呆れ果てる。気に入らなければ撃つ
世界で、いちいち犯人捜しをしていたら、回る時間も回らなくなってしまう。
だが三月ウサギはしつこく食い下がる。
「頼む……時計屋さん!」
「…………」
こちらの銃を持つ手がわずかに震えた。

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