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■トカゲの執着・上

「無理だな」

夢魔の答えは予測していた通りだった。

あの夜からいくらかの時間帯が過ぎた。
ユリウスは変わらず、時計を修理し続ける。
あれ以来、作業室の扉は閉ざし続けている。
夢魔の部下とも、もちろん一度も関係を結んではいない。
だが永久に外に出ないわけにはいかない。
相談する相手もなく一人悩んでいたところ、あるとき夢魔が作業室を訪れた。
ユリウスは好機だと思い、夢魔に直訴することにした。
あの補佐官をどうにかしてくれと。

だが、作業室のソファに寝そべり、だらしなく煙管を吸う夢魔は言う。
「部下のプライベートまでは口出し出来ない。
まして色恋沙汰など、個人でどうにかする範囲だろう」
――だが……その、合意の関係ではなかったんだ。
こういうときに読心の能力はありがたい。
だが夢魔は煙管を持った手で頬杖をつき、足を組む。
「そうは言われてもなあ。これが男女の話なら、まだ介入の余地はあるが、役持ち、
しかも男同士だからな。不肖の部下にしろ私がどうこう言って聞く奴でもないしな」
「だが……」
夢を統べる男は静かにユリウスに言った。
「撃てばいいじゃないか」
「っ!!」
「本気で嫌なら、実力で排除すればいい。そのための力と権力だろう。
まあ、有能な部下だから死んでほしくはないがな」
酷薄なことを平然と口にする。だが的を射ている。
しかし時計屋ユリウスはそう簡単に割り切れない。
「なら、いいように、おだててやればいいじゃないか。今は、昔のように抑えが
きかなくなっているが、おまえが大人しくしていれば、じきに落ち着く。
平素は安定しているし、前の男より、よほど大事にしてくれると思うがね」
「あいつのことは言うな!」
思わず叫ぶ。
「そうか、それは悪かった」
夢魔は超然としている。虚空に煙を吐き、意地の悪い笑みを浮かべた。
「私には何が悪いのかさっぱり分からないよ、時計屋。
おまえは代わりを求め、あいつは代わりになりたがっている。
互いの利害が一致して万々歳じゃないか。あとは溺れていればいい」
「求めていない!あいつの代わりなど……!」
「なら一切の共通点がない男に抱かれて喜んでいるおまえは何なんだ?
浮気者か?淫乱か?代わりを求めていた、の方がまだ通りが良くないかね」
「…………貴様……」
これだから夢魔との会話は危険だ。見られたくない心の奥底までのぞかれる。
だが夢魔は、その思考には返答せず、肩をすくめるとフワリと宙に浮かぶ。
「おい、芋虫!話は終わっていないぞ」
「だが進展しようもないだろう。まあ、健闘を祈る。私は用事があるんだ」
「用事?逃避の間違いだろう?」
「まあ、どうとでも言ってくれ。私は皆に引っ張りだこの男だからな」
――利用される男、の間違いだろう。
嫌味は聞こえたかどうか。笑い声を残し、夢魔は溶けるように夢の空間に姿を消した。

無人となった時計塔の作業室で、残されたユリウスは一人目を閉じる。だがそこへ、
「ナイトメア様!」
「?」
思わず、入室の制限を忘れ、中に入れてしまう。
そして消えた夢魔と入れ違うように姿を見せたのは。
「…………!」
その姿を見ただけで背筋が寒くなるのが分かった。
冷たい汗がにじみ出し、手が震える。
「時計屋……」
グレイが椅子に座って強ばるユリウスに目を留め、足早に近づいてくる。
「ナイトメア様を見なかったか?また書類がたまっているんだ」
「あ、あの男なら、今しがた夢の国へ逃げたところだ」
「あの×××××上司が!」
忠誠とはほど遠い罵詈雑言を吐き、夢魔の部下は書類の束を作業机に叩きつける。
その姿にユリウスはどこか安堵を覚えた。
今の彼は上司の行動に胃を痛める、いつも通りの夢魔の部下だ。
ユリウスはそっと立ち上がり、足音を立てないように扉に近づいた。
だが、ドアノブに手をかける瞬間、

「どこへ行く。おまえの部屋だろう」
手をつかまれた。

振り返ると、夢魔の部下の鋭い瞳があった。
だがユリウスも負けているわけにはいかない。
手をつかまれたまま心持ち距離を取り、空いた手で威嚇のようにスパナを取り出す。
「おまえが出て行かないのなら私が出て行く」
「そうだろうな。俺が何度訪ねても、おまえは扉を開けてはくれなかった」
「…………」
今は、たまたま夢魔を入れていたので警戒を怠っていた。
だが通常は扉は固く閉ざしていた。
部屋一つとはいえ、作業室は時計塔の『領土』だ。
領主たるユリウスがルールを設定すれば入ってこられる者はいない。
そうやって何十時間帯も夢魔の部下を拒んできた。
拒否し続けていれば、夢魔の部下が妙な執着心を無くすかと期待して。だが、
「時計屋、会いたかった」
夢魔の部下がユリウスの身体に手をのばす。
だがユリウスは後じさりし、無言でスパナを銃に変えた。

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