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■ハートの騎士・上

時計塔の星空を見上げながら、ハートの騎士が笑う。
「いやあ、アウトドアっていいよな」
「……ここは塔の中だが」
焚き火にかさつく手を当てながらユリウスは言った。
「何言ってるんだ、葬儀屋さん。
自分が旅の途中だと思えばどこだってアウトドアだ!
……ほらシチューが出来たぜ。気をつけて食べてくれよ」
そう言ってエースが器を渡してきた。
「あ。ああ、すまない……」
つい受け取りながらユリウスは思う。

――何で、こんなことになってるんだ……?

確か、ハートの騎士エースに命を狙われた。
全力で攻撃されれば時計屋には勝てないはずだった。
……が、時計塔はユリウスの領土だ。
それなら逆にユリウスがエースを制することが出来たはずだ。

……が、ユリウスの前回の食事は……覚えていないほど前の時間帯だった。

アッサリ騎士を圧倒し、始末しようとしたところで、空腹で膝を突いた。
そのまま動けずにいると、倒れた騎士は己の血をぬぐい、ユリウスに手を伸ばす。
『引き分けにしようぜ、葬儀屋さん』
……と無駄に爽やかに笑い、なぜか手を差し出してきた騎士。
いやどういう理屈だ。普通に負けてただろう、おまえ。
というかその手は何だ。握手か。引っ張りあげて欲しいのか
立ち位置が逆だろうとか突っ込む間もなく。
騎士はユリウスを放って勝手に料理を作り始めたのだ。

…………
「どう?葬儀屋さん。ハートの騎士特製ウサギのシチューだぜ」
「…………」
ユリウスは返事をしない。返事をするヒマもなかった。
「あははは。そんなに急いでかきこむと胃に悪いぜ。まあ嬉しいけどさ。あはは」
そう、ユリウスはシチューにがっついていた。
本当に美味だったのだ。日ごろから外食の習慣もなく、かといって通常は空きっ腹に
珈琲を流すか、買い置きの堅くなったパンを何もつけず食べる程度。
まともな料理など、何百時間帯ぶりかもしれない。
肉を噛む感触がやけに懐かしい。
気がつくと夢中でかきこんでいた
「あははは。葬儀屋さんって作り甲斐のある人だな。
俺の料理をそんなに美味しそうに食べてくれる人なんて初めてだぜ」
「……う、うるさい」
自分のしたことが恥ずかしくなり、ユリウスは少し顔を赤くして皿を返した。
そしてそれを片づけるエースに冷たく言う。
「それより、聞かせてもらおうか。女王が役持ちを直々に送り込むとは、どういった
企みだ?それに長時間、塔内をうろうろしていたな。
塔に爆発物でもしかけたか?全て白状してもらおう」
時計屋の威厳を込め、静かに問う。
ごまかしも言い逃れも許さない。
まあ、女王の騎士だから生半可には口を割らないだろうが……。
――気が進まないが、拷問も考えるか……面倒くさい。
ユリウスが物騒な方向に思考をめぐらせたとき、

「ええ?陛下は関係ないぜ。俺が来たかったから来た!
それに、爆発物なんか仕掛けてない。俺は道に迷ってたんだ!」
胸を張って堂々と言い切った。

「…………」
こちらの目を見て真っ正面から言われ、返す言葉がない。
だが階段だけの塔で道に迷ったと言われても、子供だってだまされないだろう。
「ええと…痛い目にあいたくなければ本当のことを……」
「俺は騎士だ!嘘なんかつかないぜ、葬儀屋さん!」
爽やかに微笑まれる。一点の曇り無き微笑みだ。
……確かに、嘘をついている風ではない。狡猾に嘘をつく男には見えない。
ユリウスは首をひねった。
「まあ、女王が関係していないならそれでいい。それならなぜ私を殺しに来た」
すると、騎士は星空を見上げた。
「うーん、変わりたかったから、かな」
「は?」
「ずっと自分を変えたくて、でもどうすればいいか分からなくて。
だからこの世界を支える葬儀屋さんを殺せば何か変わるかなと」

――こいつ……馬鹿だ。

確信する。
行動はテロリストで、動機は思春期の青少年。
領主がその領土では無敵だというのに、堂々と乗り込んでくる無謀さ。
「でも、途中でいろいろ考えて迷っちゃったな。
だって、自分が変わりたいために誰かを犠牲にするのって勝手じゃないか」
そういうことは最初に考えておいて欲しい。
「で、今はどうなんだ?」
「ん?今は葬儀屋さんを殺そうって気は、ほとんどなくなってる!」
……『ほとんど』ということは『少しは残っている』と言ってるも同然なのだが。
ユリウスはこの騎士を相手にするのに少し疲れてきた。
それに、そろそろ仕事に戻りたい。
「分かった。もうそれでいいから、テントと焚き火を片付けて出て行け」
ユリウスはため息をついて立ち上がった。

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