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■告白・下

「……は?」
脳裏に浮かんだ赤いコートを即座に振り払う。
「何でそんなことを聞く。私に男色趣味でもあるように見えるのか?」
軽口でかわそうとしたが、
「お前は覚えていまいが、以前襲撃にあったとき、お前は俺にすがって口付けた」
「な……っ!」
「だが女はいないと明言したし、いくら意識がもうろうとしていたとはいえ、男の
俺を捕まえて女と間違えはしないはずだ。俺の姿に、他の男を見たんだろう?」
「そ、それは……」
何と言う失態を演じていたのか。だが自己嫌悪に陥る前に次の追及が来る。
「それにお前は、ときどき街中で誰かを探している。ある背丈の男が通ると
熱心に目で追っているだろう。自分では気づいていないようだったがな」
「!!」
頬が熱くなるのが自分でも分かる。
どうして自分はこの男の前で、常に醜態を晒すハメになるのか。

違う、と頭の中で思う。
この国に来てから忘れたフリをしていた。あの赤い騎士のことは全て。
実際に夢を見る頻度も減り、忘れられたと思っていた。
しかし夢魔の部下と歩いているとき、ときどき人ごみに騎士を探しているのも事実だ。
今の国にハートの騎士が存在することは出来ない。ありえない。
だがありえないと分かっていながらどこかで探している。
だが決して、自分は――
「図星……か。どこの誰かは知らんが、お前には男の情人がいるんだな?」
有能な補佐官殿に否定し続けても仕方がない。
「不愉快そうだな、トカゲ。男と関係を持つような輩は塔に置きたくない、か?」
「いいや……」
薄く笑って――突然夢魔の部下はユリウスに唇を重ねた。
「!!」
夢魔の部下は軽く重ねただけで顔を離し、
「時計屋……俺はお前が好きだ」
口づけられたことより、あまりにも場違いな告白に、ユリウスはしばし言葉を失う。
「な、なぜ……」
「俺にもわからない。最初は、ただお前と話すのが楽しかっただけだった。
お前はどんなに忙しくとも、俺がいるのを許してくれ、鬱陶しいだけだろう
愚痴につきあってくれた……甘えさせてくれた。嫌われる職務への真摯な姿勢と
卓越した技能には魅了された。高い識見を持つ男だと尊敬するようになった」
「……お褒めの言葉は大変に光栄だ。だが、尊敬するなら離れてくれないか?」
買い被りだと否定したいがそれどころではない。
そして、夢魔の部下も、やはり聞いた風ではない。

「変わった引越しのおかげで良い知己を得たと喜んだ。
孤高を気取っておきながら店では慌てふためく姿も微笑ましかった。
お前と飲みに行く時間が何物にも変えがたい大切な時間になった。
それだけで満足出来ていたのに……」
「ああ、ああ、今だって良い知人だろう。今さら壊すことはない!」
しかしトカゲの瞳から酔いは消えない。
「だが、お前と楽しい時を過ごすほどに……俺は少しずつおかしくなっていった。
お前の時計に宿る男の影が頭にチラついて仕方がなかった……」
「トカゲ、正気に戻れ。水を持ってこさせるから……」
「お前が俺と勘違いした男が誰なのか。今もその男を想っているのか。
気がつくとそのことばかり考え、どうにかなりそうだった。そのうち、夜に……」
ユリウスは何とか相手を押し返そうとするが、夢魔の部下の体はビクともしない。
そして夢魔の部下は再び、今度は深く口付けた。
とっさのことで口を閉じる暇もなかった。
押し返そうとすると舌をねじ込まれる。
「ん…………」
「…………」
反応が遅れる。舌が絡みあい、離れたとき唾液が糸を引いた。
「やはり、慣れているな。俺が初めての相手じゃないのは悔しいが。
まあ、そこは体で勝負するしかないか」
低く笑うと、ネクタイをするりと引き抜き、ワイシャツのボタンを外していく。
引き締まった胸板が見え、ユリウスの脳裏に危険信号が明滅していく。
「おい、トカゲ、酔いを覚ませ!男同士だぞ!何を考えているんだ!」
夢魔の部下はユリウスの奮闘をしばらくながめ、やがて着衣に手をのばしてきた。
「やめろ!本気で怒るぞ!!」
そして耳元で低い声がする。
「俺が夜に部屋で、お前のことを考え、何をするようになったか知っているか?」
「……っ!」
頬に朱が指す。意味は言われなくとも分かる。
――まさか、この男、本気で私を……?
「今からでも遅くない、女の恋人を作れ!過労で勘違いしてるんだ!」
「なあ、時計屋。俺たちなんて、いついなくなったとて、代えの利く存在だ。
それなら俺だって、その男の代わりになれるんじゃないか……?」
「何を……馬鹿馬鹿しい……」
夢魔の部下は……グレイは悲しげに笑う。

「恋人と引き離されて体が寂しいだろう、時計屋?俺に代わりをさせてくれ」

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