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■告白・上

「どうだ?落ち着いたか?」
夢魔の部下はユリウスを手近な宿に運んでいた。本来は男が女を連れ込む
目的の宿らしく、ベッドは無駄に広い。
男二人の入店だったが、見るからに酔っ払いの介抱に見えたためか、受付も普通に
二人を通し、休むことが出来た。
「ん……」
ユリウスは頭を支えられ、コップから水を飲ませられる。
その前にはトイレでさんざん吐かせられ、もう一生分の醜態は晒したと思った。
だがナイトメアで慣れているのか夢魔の部下の処置は的確で、ユリウスは次第に
吐き気が引いていった。
「トカゲ。もう起きられるから、お前は先に……」
帰るようにうながしたが、
「まだ足がふらつくだろう。もう少し休んでいけ。今、表で襲撃を受けると危ない」
夢魔の部下の言うことも最もだったので、ユリウスは仕方なくシーツに沈む。
それから、やることもないのか夢魔の部下は世間話をし出した。

…………

「それで、さる良家の娘で、気だても教養も文句無い才媛の美女という話だった。
それで見合いの話を持ちかけたんだが……断られた」
「そうか……」
ユリウスは横になって夢魔の部下の話を聞いていた。
夢魔の部下はフロントから安酒を取り寄せ、飲みなおしている。
今のトピックは夢魔の見合いについてだ。
『家庭を持てば一家の主としての責任感が芽生え、落ち着いて下さるはず』という、
かなりアレな発想から、夢魔の部下は良縁を求めて駆けずり回っているらしい。
まあ、上司のプライベートまでご苦労なことだ。
……ともあれ努力は実を結んでいないようだが。
「あの男が独身貴族の地位を簡単に捨てるものか。真面目にやるだけ無駄足だぞ」
そう言うと、夢魔の部下は沈鬱な表情で、
「いや。断ったのはナイトメア様ではなく……その見合い候補者の家族だ」
「……そこまで、か?」
「ああ、そこまで、だ」
夢魔の病弱ぶりは有名だ。
まあ塔の外に出るたびに領民の目の前で血を吐いていては無理もない。
いかに役持ち・金持ち・塔持ちのお買い得物件だろうと、明日にも死にそうな男では
旨味が無いということか。
「これは長期戦だな。上司よりお前こそ結婚したほうがいいんじゃないか?」
いかに激務といえど、男とストレス解消というのは、見ていて悲しいものがある。
だが夢魔の部下は首をふり、
「あいにくと女はいない。女を作る余裕も無い」
「そうか、仕事熱心なことだ」
ユリウスはうなずいて普通に応える。そして、ふと夢魔の部下と目が合う。

……そのとき、なぜか、夢魔の部下の目に失望が見えた気がした。

だが怪訝に思って見つめ返すとすぐ夢魔の部下は目をそらした。
――どうも最近、様子がおかしいな。
仕事で疲れているのだろうか。

夢魔の部下は、フロントから何本か酒を取り寄せ、煙草をふかしつつ開けていく。
横から見ていて心配になる量だった。
そして、まるで出会った頃のように、ずいぶんと長い沈黙が続いた。
彼は何かを考えているようで、時折ユリウスをチラチラと見る。やはりおかしい。
いい加減、ユリウスが自分から話しかけようかと迷っていたとき、
夢魔の部下が、思い切ったように口を開いた。彼らしくもない、緊張した声で、
「なあ時計屋。お前は女はいないのか?他の領土に残してきた女とか……」
「いや、いないな」
これはキッパリ否定できる。
男ならいるかもしれないが、恋人というには疑問符のつく関係だ。
「そうか、いないのか!」
夢魔の部下がパッと笑った。
見ていて分かる本当に嬉しそうな笑みだった。
隠し切れない笑顔を浮かべ、酒を飲み進める。
「おい、同類がいたのがそこまで嬉しいか?」
つい低い声が出てしまう。
酒が入っているとはいえ、女友達の数を競う男児でもあるまいに。
半ば呆れながら、ユリウスは少しうつらうつらしてきた。
自分は少しここで休んで、夢魔の部下には先に帰ってもらおう。
安全がどうこう言うのなら後で護衛でも寄越してもらえばいい。
そう言おうと思って目を開けると、
「トカゲ?どうした?」
どこか上気した夢魔の部下の顔が目の前にあった。いつの間にか、夢魔の部下が
ユリウスの頭の両脇に手をついて、覆いかぶさる体勢になっている。
その獲物を見るような目に、なぜかユリウスは背筋が寒くなっていく。
「トカゲ、酔っているのか?」
「酔って……ないさ」
酔っている。息がかなり酒臭い。
古びた連れ込み宿の酒など、さっきの店の酒と五十歩百歩の粗悪品だ。
会話に気を取られてうっかり飲み進め、今度は夢魔の部下の方が悪酔いしたか。
それにしても自分を見る目があまりに鋭い。
……もしや酔いにまかせて昔抱いた殺意が復活したのだろうか。
「なあ、時計屋」
夢魔の部下はいとおしげにユリウスの頬をなでる。
「な、何だ?」
刺激しないようユリウスは言う。
酔っ払った相手に殺されるなど御免だ。本音はどうあれユリウスを守ろうと今まで
奮戦してきた夢魔の部下も寝覚めが悪いだろう。

「女はいないと言ったな……なら……男はどうだ?」

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