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■夢魔の部下に気づかわれる・下

夢魔の部下に助けられたと知ってユリウスは凍りついた。
永久に時計塔に引きこもりたい。
苦手な男の前でなんと言う醜態をさらしたのか。
失神する直前のことはよく覚えていないが、誰かと間違え何か口走った気がする。
きっと、助けてくれとか、死にたくないとか情けないことを言ったのだろう。

「助けてくれたことは感謝する。だが気遣いは不要だ。私にだって部下はいる」
全ての感情を押し殺し、平静を装って答えた。
だが夢魔の部下は冷たく、
「嘘だな。引きこもりで有名な時計屋が直接出向いたのだ。
部下がいれば真っ先にそいつを寄越すはずだ。
今の国では人材がいないと言っているも同然だ」
やはり見え透いた嘘は通用しないようだ。
夢魔の部下はキッパリと言う。
「これまで時計屋は、クローバーの塔とは別個に独立した勢力と認識していた。
だが、今回の件で、ナイトメア様も俺も方針を変更することで一致した。
時計塔は、次の引越しまでの期間、クローバーの塔の所属ということになった」
「待て!勝手に決めるな!私に芋虫……蓑虫の部下になれというのか!?」
夢魔の部下に睨まれ、渋々改める。
……蓑虫という二つ名も五十歩百歩な気がするが。
「そうではない。所属というより、保護……客分扱いと言った方がいい」
「もっと悪い!!」
柄にも無く感情をむき出しにするユリウスを、夢魔の部下は静かに見据えた。
「領主の矜持もあろうが、よく考えてほしいものだ。
時計屋が失われたら、次の時計屋が現れるまで世界は少なからず混乱する。
我々はそんな状況をクローバーの塔から発生させたくないし、望まない」
「だが……」
ユリウスはなおも言い募ろうとする。
しかし――夢魔の部下は頭を下げた。
「え……?」
ついていけず固まるユリウス。夢魔の部下は視線を床に向けたまま、
「最初に会ったときは大変に失礼なことをした。本当に申し訳ない」
「え……?あ?あ、ああ……」
「以降も、自領の大半を失い孤立無援の時計屋に一切の配慮をしなかった。
その挙げ句に時計屋を生命の危機に陥れた。責任は全てクローバーの塔にある。
謝罪の意味でも、クローバーの塔が後ろ盾になることを受け入れていただきたい」
「…………」
――勝手に出かけ、勝手に死にかけたのがクローバーの塔の責任?
自己責任がルールに近いここでは余りにも理解しがたい発想だ。
だがクローバーの塔では若干ルールが異なるようだ。ナイトメアの気質もあるのだろう。
ユリウスは、しばし考え込んだ。
夢魔は人をだます男ではないし、夢魔の部下も人柄はともかく信用に足る相手だ。
どのみち作業場だけが半端に引越しし、いろいろ不足しているのは確かだ。

しばらく沈黙した後、ユリウスはようやく頷いた。
「頭を上げてくれ。そちらのご厚意を受け入れよう。
クローバーの塔の心遣いに深く謝意を表する――そう夢魔に伝えてくれ」
「感謝する」
夢魔の部下もややホッとした様子で顔を上げた。
そして手帳を取り出しきびきびと何か書き付ける。
他の役持ちとは違って仕事にかかるのが早い男だ。
「食事は定期的に届けさせ、必要な物資は塔を介して発注してもらう。
時計の回収には先ほど言ったとおりクローバーの塔の精鋭部隊を向かわせよう。
なお必要があって時計屋自らが外出する際は、こちら側で護衛をつける」
一息に言われ、やや後じさる。
「い、いや護衛までは。それと、やはり食事は自分で取るから……」
「先ほど申し出を受けると返答を聞いたばかりだが?」
「いや、それは……」
「続きだが、護衛をつけるから十時間帯前までに外出届を提出してほしい。
行き先と予定帰宅時間帯をきちんと報告した上で門限前までには――」
夢魔の部下の話は延々と続く。
何がどうあってもユリウスはクローバーの塔の客にされてしまうらしい。
しかし、流れを変えたくともユリウスに反論のすべはなかった。

――まあ、物資と回収役だけ世話になってあとは見ないフリをしていればいいか。

護衛など必要ないし食事まで、人にとやかく言われたくはない。
クローバーの塔と時計塔は、これからも極力顔を合わせないのが望ましい。
懸案が解決したこともあり、ユリウスは前向きに考える。
夢魔の部下とて、表面はどうあれユリウスを快く思っていないに違いない。
食事だろうが護衛だろうが、延々と見ないフリをしていれば、この男もあきらめるだろう。

この時点でユリウスはグレイ=リングマークと言う男を全く理解していなかった。

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