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■夢魔の部下に気づかわれる・上

「…………」
目が覚めると、作業場の自分の部屋だった。
ユリウスはロフトベッドに横たわり、布団をかけられていた。
そして、誰かが悪趣味だと笑った寝巻きを着ている。
「…………」
全身あちこちに包帯が巻かれていたが、すでに痛みは無く傷も消えている。
どうやら時間帯が経過して傷が治ったようだ。
部屋を見下ろすと、机の上にうんざりする量の壊れた時計が積まれていた。
ユリウスはためいき一つつき、包帯をほどくとベッドから下りた。
正直なところ、まだ眠っていたい。
だがそういうわけにも行かない。
すぐに時計屋の服に着替え、早々に作業を開始する。
そして、ほどなくして舌打ちをした。

「材料が足りないな……」
部品箱を開け、備品をチェックするが、足りないものが目立った。
だましだまし使っていた工具も磨耗が目立ち、買い替えの時期だ。
「くそ、こんなときに……」
こちらの国の業者には詳しくないから事前の下調べも自分でしなければならない。
考えるだけで頭が痛くなってくる。

仕方なく、あるものだけで何とか修理を薦めていると、ノックの音が聞こえた。

「誰だ」
「俺だ」

――『俺だ』、と言われても一度しか会っていないだろう……。
だが声には聞き覚えがある。
返答を待たず、扉が開く。
そして、トレイにココアを二つ乗せた男が入ってきた。
夢魔の部下、グレイ=リングマークだった。

思わずユリウスは苦虫を噛み潰した顔になる。
前回会ったとき、ちょっとしたやりとりでナイフを向けられた。
誰が助けたかは知らないが、ユリウスが顔なしに始末されかけたのは知られている
だろう。自分なら嫌味の一つや二つ、ぶつけているところだ。
だが、夢魔の部下は、無駄のない動作で涼やかにトレイを作業机に置く。
「大丈夫か。まだ痛むところがあるなら医師を呼ぶが」
社交辞令は止めることにしたのか、敬語ではなく普通の口調で語りかけてくる。
「いや、別にないが……」
「そうか、なら飲んでくれ」
ユリウスはココアを差し出され、反応に迷った。
だが夢魔の部下が引く気配がないので、仕方なく受け取った。
口をつけると甘ったるい。だが回復間もない身体は糖分を歓迎した。
一気に飲み干して、空のカップを返すと、夢魔の部下は驚いたようにユリウスを見た。
「…………」
「何だ?……ええと、トカゲ」
まじまじと見られると落ち着かない。
「い、いや、そんなに美味そうに俺のココアを飲む奴だとは思わなくて。
まあ、喜んでくれたなら作ったかいがあったというものだが……」
「…………うるさい」
意外そうに言われ、こちらも無愛想に返す。
……気のせいか前にもこれと同じようなことがあった気がする。
素直にココアを飲んだためか、夢魔の部下の表情は少しやわらかくなっていた。

そして本題は唐突に始まった。
「時計の回収役に、こちらの人材を貸そう。
俺が鍛えた塔の精鋭部隊だ。実力は保証する」
「ああ……え?」
動揺のあまりよく分からない返答になってしまう。
まさか前の国から引きずっていた懸案がアッサリ解決するとは思わなかった。
戸惑うユリウスに気づいているのかいないのか、夢魔の部下は続けて、
「それと必要なものを教えてくれ。
時計塔と切り離されて、修理の材料もいろいろ不足している頃だろう」
まさに自分が悩んでいたことだ。
「こちらの方で信頼できる業者を選別しておいた。
必要な物品をリストアップしてくれれば、こちらの方でそろえておく。
搬入場所だが、利用しやすい場所は――どうした?目を丸くして」
前に会った夢魔の部下と今の彼は、双子か別人かと本気で考えていた。
なぜ今頃になって、突然親切になったのだろう?
だが今の夢魔の部下には殺意の欠片も無い。ユリウスはつい目をそらしながら、
「い、いや……その、別に」
「そうか?なら話を続けよう。悪いがお前が倒れているときに勝手に健康診断を
させてもらった。医師が言うには、お前は不摂生過ぎる。
必要な栄養も取っていなければ食事の回数も少ないだろうとのことだ。
これからは定期的に食事を届けさせるから、それを取ってくれ。
メニューへの注文はあるか?苦手な食材があれば配慮する」
ユリウスはずいぶん長いこと沈黙し、
「いや……その、ええと、配慮はありがたいが、そこまで世話を焼かれるほどでは
ない。私にあまりかまわないでくれないか?」
それを聞いた夢魔の部下はスッと目を細めた。
そして、突然肩を押される。
「!!」
本調子ではない体は体勢を立て直せない。
バランスを崩し、そのまま床に倒れ――かける寸前で背を抱きとめられる。
全く相手の動きが見えなかった。怒るより混乱し、目を白黒させていると、夢魔の
部下はこちらを立たせ、
「そういった台詞は自分で自分の身を守れるようになってから言うことだな。
時計屋はこの世界でただ一人時計を直せる存在。
役持ちにあってはナイトメア様と並ぶ要職。
一人で出かけて殺されました、ではクローバーの塔の重大な醜聞になる」
「アレと並ぶ要職……」
顔をしかめ、そして気づく。そういえば顔無しに殺されかけたのだった。
そしてハッとする。
あのとき。あの人数を圧倒し、自分を助けることが可能な者。まさか……
「ちょっと待て、それじゃあ、あのとき私を助けたのは……!」
「俺だ。外回りの最中に通りがかった。本当に間一髪だった」

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