続き→ トップへ 目次 ■別離・下 その時間帯、珍しくユリウスの夢に夢魔が現れた。 悪趣味な服を身に着けた眼帯の男は、ニヤニヤとユリウスの周りを飛び回る。 「ふふ、久しぶりだな時計屋。いつもは仕事の過労か、 騎士との情事で夢も見ないほどぐっすりだからな。会えて嬉しいよ」 そういえば仕事以外でこいつの顔を見るのも久しぶりだ、とユリウスは睨みつける。 「黙れ芋虫。男同士の行為を見るのが楽しいとは物好きだな」 夢魔はいつも通りに顔色も悪く、気だるく首をふる。 「このつまらない世界、見ていて楽しいゴシップなどそうないからな」 ユリウスは舌打ちし、悪趣味な夢魔を睨みつける。 この男なら三月ウサギの行方も知っているだろうに。 だが口が軽そうに見え、夢魔はこの世界の誰よりも口が重い。 容易く覗ける他人の心情や夢を、みだりに話すことは決してない。 今もユリウスの内心を知っていてニヤニヤ笑うのみ。 「去った者のことなど、どうでもいいじゃないか、時計屋。 それより、不機嫌だな。騎士が冷たかったからか?」 「なっ……!」 「大変だなあ。あんな奴に好かれて」 「うるさいっ!」 赤くなる。エースという男は未だに計りがたいものがあった。 見下されているだろう、殺意を抱かれているだろう、気に入られてもいるのだろう。 だが、それだけでは説明のつかないことも多い。 全身これ矛盾の塊のような男だ。夢魔も思案顔で、 「けどな時計屋、本当は自分でも分かってるんだろう? 騎士の考えていることは、騎士自身にも分からないと。 まして第三者が知ろうなど、馬鹿を見るだけだ」 「……かもな。お前もとっとと私の夢から出て行け。 私と騎士の情事なぞ、いつでも見られるだろう」 言うと、ふと夢魔は真顔になった。 「なあ時計屋。お前は騎士をどう思っている?許しているのは体だけか?」 「気色の悪い言い回しをするな。私が娼婦か悪女のようではないか」 「似たようなものだろう。帽子屋に一目置かせる男を、体で従わせているのだから」 「…………」 ユリウスは氷のような目で夢魔を睨みつける。 「何なら、今お前とやってやろうか?芋虫なら私でも押し倒せそうだからな」 「…………い、いや、止めとく。冗談が過ぎたな、すまない」 夢魔はあわてて宙をとび距離を取る。 「あー。と、ともかく、君は騎士にさほど真剣じゃないか確認したかったんだ」 「私の心を読めば分かるだろう。奴は使える男だから我慢しているだけだ。 私から求めたことは一度も無いし、今すぐにでも止めて欲しい」 「あー、まあそうだな。だが確かに私は心を読めるが、 裏の裏というか複雑な深層心理まではちょっとな」 芋虫は頭をかきながら言う。 「まあ騎士ほどではないが、私も君を気に入ってるからな。 騎士がいなくなったらショックなのかと少し気になったのさ」 「――っ!!いなくなった?死んだのか!そんな情報はっ!!」 宙に浮いてる夢魔の襟首をつかみ、がくがくと揺さぶる。 たちまち吐血する夢魔。だが構ってはいられない。 「言え!騎士は死んだのか!?」 「お、お、落ち着け、ごふっ……死んだわけではない。 お、起きれば分かる……がはっ」 「…………」 夢魔の言葉に安堵し、手を離す。 だが今自分の中に唐突に噴出した恐怖と焦燥に戸惑う。 あんな勝手気ままで最悪な男など、いつ死のうが頓着しないと思っていた。 それなのに……。 離れたところに遠ざかり、どうにか血をぬぐう夢魔。 ユリウスの知らないことを知っているのが余裕なのか、ニヤリと笑う。 「まあ、とりあえずそれだけ確認出来て良かった」 「…………どういうことだ?」 鋭敏なユリウスの頭はすぐに一つの答えを導き出す。 そういえば騎士に会ってかなり経つのに、すっかり忘れていた。 この世界で確実に巡る事象の存在を。 「おい、ナイトメア。まさか……」 「ご想像の通りだよ。じゃあな、時計屋。表の世界で会おう」 「…………」 夢から覚めると体が重い。鈍重な我が身を叱咤し、乱れた衣服を整える。 そして床に飛び散った情事の痕跡を、忌々しげに拭き取った。 ユリウスは不機嫌な頭のまま床に散乱した書類やら器材やらを集め、 「!!」 ふいに夢魔との会話を思い出す。 ユリウスは持っていたものを再び床に放り投げ、窓に走って音を立て開く。 「……っ!!」 引越しが起こっていた。 地形が変わり、見慣れた領地や久しぶりに見る領地が混在している。 だが目覚める前まであったはずのハートの城はどこにもない。 ユリウスは静かに窓を閉めると、作業場のドアに行き、開く。 そこには時計塔と似ても似つかない風景が広がっていた。 緑を基調とした洒落た内装、あちこちに散りばめられた三つ葉のモチーフ。 クローバーの塔だった。 7/7 続き→ トップへ 目次 |