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※注意:この作品はR15、R18、暴力描写を含みます。
少しでも不快に感じられましたら、すぐにページを閉じてください。


長編「剣と時計」


■時計塔の主・上

銃弾飛び交う赤と黒の世界、ハートの国。
その物騒な国に、一つの塔が建っていた。
時計を模したその外観は、静かな威厳を称え、国の中心部に座していた。
だがその塔の周辺は、昼夜問わず常にひっそりしていた。
たまに人目をはばかるように客が入り、すぐに出ていく。
通り過ぎる人間も、塔を視界に入れないようにしているようだった。

その塔――時計塔には住人が一人だけいた。
その住人の部屋は、威厳ある塔の居室と思えないほど薄暗く簡素だった。
私物と言えばベッドと珈琲のサイフォンくらい。
他は全て時計や時計の部品、時計工具で埋められている。

時計塔の主は、今その部屋の作業台で、慎重にピンセットを操っていた。
天府(テンプ)の振り座に振り石を取り付けると、ヒゲゼンマイに固定し、調速機と
する。それを脱進機に取り付け、少し回して雁木車とアンクルの爪の動作を確認。
それが成功すると、四番歯車に取り付け、回転数をチェックし――

やがて、一つの時計の修理が終わった。

けれど主は感慨もなく、時計を所定の場所に移して片付け、再び別の壊れた時計を
手に取る。
いくつもの繊細かつ、複雑な工程を得て時計は再び命を得る。
ネジにほんのわずかな傷が生じても修理は失敗する。
しかし時計塔の主、ユリウスの動きに迷いはない。
流れるような動作はそれ自身が一つの芸術の域に達している。
だがそれを知る者は無く、時計塔の主自身、どうでもいいと思っている風だ。

やがて時間帯が昼から夜に、夜から夕に、その次にまた夜に変わった。
だが時計塔の作業室では主が灯りを落としたり、ほの暗くつけたりするほどの変化しかない。
主はたまに離れた場所の工具や器材を取りに立ち上がり、その際に珈琲を飲んだ。
ごく稀に机に伏してわずかな仮眠を取る。だがそれも長くは無い。
たまに時計屋の仕事や『ルール』の撃ち合いに出かけるが、すぐに戻る。
そうしてまた時計の修理を続ける。

訪れる者はめったになく、来たとしても用件をすませて足早に立ち去る。
時計塔の主は、気がつくと、そんな孤独な生活をずっと続けていた。
今も昔もこれからも、己の時計が止まるまでそんな生活が続くのだと、彼は思っていた……。

…………
よく晴れた昼の時間帯のことだった。
時計を修理していたユリウスの手が突然止まる。
彼の鋭敏な耳が、常とは違う音を聞きつけたからだ。
いや、最初は作業に集中していて聞こえなかった。
だがあまりにも頻繁に響くものだから、ついに集中力を乱されることとなった。

『うわぁぁぁぁっ!!』

声は扉の向こうから聞こえた。間抜けな声と、何かが転げ落ちる音。
何かが階段を上ろうとして転んだようだ。
それも何度も続けて。
仕事を邪魔されたユリウスは眉をひそめ、作業台に時計を置く。
「…………」
だが時計を置きに来た客にしては声に深刻さがない。刺客にしては間抜けすぎる。
だとすれば金目当てに手駒になりにきたたぐいか。
こんな間抜けなら面接以前に不採用だ。
ユリウスは不機嫌を隠さない表情で扉を見る。
足音の主はようやく扉の前にたどりついた。
扉を開けたら、帰るよう言ってやろうとユリウスは待つ。
そして扉の前の気配はしばらく立ち止まり……

「?」
足音が上へと過ぎていった。扉を通りすぎて。
珍しくユリウスは困惑した。
階段を何度も転げ落ちる馬鹿は、ユリウスの部屋の前を素通りし、時計塔の上へと
登っていった。確かに時計塔の最上階はこの国を一望できる素晴らしい眺めだ。
しかし場所が場所なだけに、そんな物好きな『観光客』が来たこと覚えは無い。
ましてたった一人で……。
それでもユリウスは部屋を出る気になれず、足音に耳をすます。
足音は順調に上に上っているようだった。
……いや、ほどなくして、何かが転げ落ちる音と『あああ〜』という嘆声が。
そして何かの音は再び部屋の前で止まる。
足音ではない。何か小さな物のようだ。
どうやら、足音の主が階段の上から、荷物か何かを落としたらしい。
ユリウスは主が取りに来るのを待つが、足音は降りてこない。
やがて足音がさらに上に上り、ついに聞こえなくなった。
「…………」
突っ込みたい点は多々有るが、やはり『観光客』か。
だとすると第一号だが歓迎する気にもなれない。
物好きな来訪者もいたものだとユリウスは修理を再開した。

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