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■騎士の嫉妬と襲撃・下

「…………」
返答の言葉が見つからない。
意味が分からない。話が通じない。
騎士が言っているのは『ユリウスがどう思おうと関係を続けるつもりである』と
いうことだ。三月ウサギの存在を一切かまわず。
この男は、一体何なんだ。
論戦に長けているのとは、また次元が違う。
彼と話していると、いつも堂々巡りをしている錯覚に囚われる。
真剣に話をしようとしても迷わされ、惑わされ、真意を探ろうとしては空をつかむ。
「騎士。お前は、私をどうしたいんだ」
首に突きつけられた剣の食い込みがやや深くなり、チクッと痛みが走る。
恐らく切れた。血がしたたる嫌な感触がする。
そして今までの会話を一言の下、否定することにも、ためらいがない。

「今は、ちょっと殺したいかな」

「私が憎いからか?」
可愛さ余って憎さ百倍という言葉もある。
だが騎士は微笑み、剣を突きつけながら器用に動いてユリウスに顔を近づける。
暖かく口づけられた。そのまますぐに顔をはなし、
「いいや。俺がユリウスを大好きだからだよ。
話すほど、どんどん好きになって、止まらなくなる。だから――」
またも意味不明な返答が戻ってくる。
さっきまで三月ウサギのことでチクチク突いていたというのに。
その緋色の瞳が殺意に染まり、
――っ!!
斬られる、と思った瞬間にユリウスは騎士に足払いをかける。
一歩間違えれば一気に自分の首を落としかねない自殺行為だが、
しおらしく動かずにいても斬られるのだから同じことだ。
「うわっ!!」
賭けには成功した。
騎士は反射的に体勢を整えるため剣を引いた。
その隙を逃さず、ユリウスは懐の銃を、騎士の時計のある位置に発砲する。
「お前が壊れているのはよく分かった。だが私も殺されてやる気は無いんだ!」
感慨は無い。
迷いは無い。
銃声が響き、木立の鳥が一斉に飛び立つ。
「……ちっ」
だがさすがハートの騎士というべきか、騎士は至近距離で交わした。
騎士は体格に合わぬ素早さで、ユリウスから距離を取る。
だが、この間合いなら剣より銃のほうが有利なはず。
ユリウスは手をゆるめず再び彼の時計のある辺りに連射する。
乾いた轟音。そして鼓膜を裂く、初めて聞く高音。
「な……っ!?」
驚愕の声はユリウスの喉から出た。
騎士は銃弾を弾いた――『剣』で。
ありえない。
例えハートの騎士御用達の剣にそれだけの強度があったとして、
銃弾を受ける持ち手の反射神経、瞬発力、腕力はどれほどになるのか。
どれだけの鍛錬を重ねたら、この境地に至れるものなのか。
――考えるな!
一瞬、胸中が戦慄に染まったのを振り払い、再び銃を構える。
だが百戦錬磨であろう騎士が、素人の怯みを見逃すはずがなかった。
「く……っ!!」
鮮やかに鮮血が飛ぶ。
手の甲を浅く斬られ、銃がこぼれ落ちる。
それは地面に落ちる前に騎士が遠くに蹴り飛ばす。
たちまち銃は草むら深くに落ち、見えなくなった。
「うわっ!!」
今度は自分が足払いをかけられ、体勢を整える暇もなく、無様に背を打ちつける。
必死で起き上がろうとしたが、すでに黒い騎士の体が上にあった。
「ぐっ!!」
腹に靴先がめりこむ。転がった身体は木の幹にしたたかにぶつけられた。
苦痛に胃液を吐き、腹を押さえうずくまると、騎士はユリウスの身体をもう一度
蹴りつけ、仰向けにさせた。
「――……」
目を開けると、喉元につきつけられた剣が見えた。
騎士の表情は見えない。赤いコートを脱ぎ捨てた騎士は、表情までも
闇に紛れて読むことが出来ない。

――ああ、時計が止まるときが来たのか……。

無感動に思った。
葬儀屋と罵られ、他の役持ちに侮られ、壊れた騎士に犯され、そして殺される。
最低な人生だったが、意外にも安堵していることにユリウスは気づいた。
こんな退屈な世界には、何の未練もない。
――…………。
風に揺れる金色の麦畑のような懐の広い男の姿が脳裏に浮かぶ。
自分自身に弱音は吐けなかったが、一人で時計回収など続けられない。
あのとき、彼が現れなかったら、孤立無援でいずれは矜持をかなぐり捨て騎士に
屈していただろう。今のように、立ち向かうなど考えられないほどに叩きのめされ。
彼は助けてくれたと自分に感謝してくれたが、助けられたのは自分の方だ。
ユリウスの来ない約束の場所に、立ち尽くす三月ウサギ。
少しは泣いてくれるだろうか。
ユリウスは静かに目を閉じる。

「…………」
ユリウスは待った。
だが、いつまでも『その』瞬間は来ない。
目を開けると剣先が引かれるところだった。
「?殺さないのか?」
優雅に剣を収める騎士に聞く声は、我ながら弱々しい。
慣れない事態の連続で相当消耗しているようだ。
「ああ。今は殺さない。だって震えて怖がってたからさ」
「…………」
別に恐怖してなどいない!しかも『今は』と来たか。
「俺は二択でも迷える男なんだ。ユリウスを殺すかどうかなんて重要なことを、
そんなに簡単に決められないぜ」
あれだけ殺意を撒き散らし、剣を振り回しておいて何をか言わんや。
だが、騎士本人は大真面目なようだ。
鞘に収めた剣をあっさり草むらに放ると、黒い上着の襟元をゆるめながらユリウスに
のしかかる。そしていつもの爽やかな笑顔で、
「だから、今は殺す次にしたいことをするよ」
こちらの決断の方は迷ってくれないようだ。

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