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■騎士の嫉妬と襲撃・上

「ユリウス、俺ならここにいるぜ」
そこに立っていたのは、奇妙な男だった。
「は?」
血にまみれた茶色のローブを羽織り、顔には妙な仮面をつけている。
「誰だ?」
踏みしだかれた草地をもう一度見、ユリウスは数歩後じさる。
すると緊迫した雰囲気を霧散させるような明るい笑い声がした。
「はは?何?気が付かなかった?」
男は笑うと、仮面を外す。
「……っ!」
その下には血まみれ装束に似つかわしくない、青空のような晴れやかな笑顔があった。
ハートの騎士だった。だがそれよりも、
「お前……どうしたんだ、その血は。怪我をしているのか?」
「あはは。ユリウスでも人のことを心配するんだ。大丈夫、返り血だぜ」
言葉に棘があるのは、気のせいではないだろう。
「そうか、ならその格好は何だ?女王に隠密行動でも命じられたか?」
ならば目撃したのは不味いのかもしれない。
ユリウスは慎重に騎士から距離を取る。
だがハートの騎士は、
「女王陛下?俺はこの間ユリウスと別れてから一度も城に帰ってないぜ?」
「……何?」
助力をすげなく拒まれ、自分を見限って城に戻ったと思っていた。
あれから長くはないが短くもない時間帯が過ぎている。
騎士のことだから迷っていたのかもしれないが、それにしてもこの仮面に血まみれ
ローブという奇妙な格好は……。
騎士は笑って、ローブの下から袋を取り出した。
ユリウスはそれを見て絶句する。
「それは……っ!お前、まさか!!」
「ユリウスがどうしても許可してくれないから、
俺が勝手にやることにしたんだ」
まあ行き当たりばったりだけど、今は時計を持って逃げてる奴が多いから……と、
騎士はあっけらかんと笑う。

彼がふところから取り出したのは、壊れた時計の入った袋だ。

「壊れた時計を自分から……?」
思わず騎士を凝視する。本拠の城にも戻らず、いったい何を考えているのか。
「まあ、本当はこんな変装したくないんだけどね。
どうしても、しなきゃいけないみたいなんだ」
困惑しきりのユリウスに、騎士は涼しい顔で返答する。

「なぜ、そこまでして、私を助けようとする」
三月ウサギのときも細心の注意を払った。
一歩間違えれば、ペナルティを食らう瀬戸際の行為だ。
「何って、ユリウスが好きだからだよ。
ユリウスが俺に冷たくても、俺は好きな奴を助けたいと思う。
当たり前のことだろう?」
やはり棘がある。彼はかなり苛立っているようだ。
――三月ウサギとのやりとりを聞かれたか。
なら、なおのこと言わなければいけない。
平和な日常を戻すために、この騎士の存在は不要だ。
「礼を言う。報酬も後ほど払う。だが今後こんなことをする必要はない」
素っ気無く言って袋を受け取ろうと手を伸ばす。
「三月ウサギの方が好きなのか?」
「言っておくが、奴とは何の関係もない。そんな物好きはおまえだけだ」
「なあ、三月ウサギと俺、どこがそんなに違うんだ?」
食い下がる。静かな声だった。
時間帯が変わり、昼から夕刻に空は静かに姿を変える。

…………
騎士は袋とともに仮面とローブを投げ捨てる。
赤いコートを脱いだ黒い騎士には張り付いたような笑みがあった。
そして彼は剣を抜くと、ユリウスの首に突きつけた。
ここは時計塔ではない森の奥。
三月ウサギとの約束の時間帯には遠く、助けは無い。
「三月ウサギが走っていくのが見えた。ユリウスも楽しそうな顔をしてたよな。
俺には一度だって……」
静かに何かを言いかけ、そこで言葉を切る。そして彼は一呼吸、整え、
「さすがに、ここまで扱いが違うと、ちょっと傷つくよなあ」
「ハッ。おまえの自業自得だろう」
自分を苛む者と助ける者。対応が正反対になって当たり前だ。
「どれだけ追いつめても、私がお前に膝を折らないのが気に食わないのか?」
騎士はまっすぐにユリウスを見る。
「別に膝を折ってほしいなんて思ってないぜ。俺はユリウスが好きなだけだ。
逆に聞くけど、何でユリウスの方は、俺を頼ってくれないんだ?」
「さらに聞き返させてもらう。お前のそのおめでたい頭は、
私にしてきたこと一つ一つを全く覚えていないというのか?」
搾り出すように言うと、騎士はうーん、と宙を仰ぐ。
「まあ、心当たりはあるといえばあるかな」
「分かっているのなら、態度が変わりようがないことも分かるだろう」
ユリウスは冷酷に言った。

騎士は剣を突きつけながら、ユリウスを見る。
「……ユリウスって、本当にお人好しだな。俺に言いようにされた被害者なのに、
俺よりも自分を責めているように見えるぜ」
「……何……?」
「だって、俺に冷たい言葉をかける割に何だか苦しそうな顔をしているぜ」
そんなはずはない。自分はこの男と完全に縁を切りたいと願っている。
「おまえの勝手な妄想だ。私はおまえなど、どうとも思っていない」
「ふうん……」
それでも騎士は微笑む。青空のような薄ら寒い笑顔で。
「まあ、いいか。でも何と言われようとユリウスのことはあきらめないぜ。
でなきゃ、こんなことまでしないって」
放り出したローブと仮面をチラッと見る。
「……物好きにも程がある。どこか適当な女に執着しろ」
「んー。でも最初のころ言っただろ。ユリウスがどう思おうと関係ないって。
俺はユリウスを好きで、三月ウサギに浮気されても揺るがない」
だからこれまでと関係を変える気はないぜ、とサラリと言い、笑う。

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