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■時計屋の孤独と三月ウサギとの再会

「……はあ、はあ」
ユリウスは木の根に座り込み、しばしの休息を取る。
銃弾がかすった腕には血がにじむ。
今や、時計屋ユリウスは、自力で時計を回収していた。
しかし引きこもりゆえ体力が続かず、時計の回収一つで数時間帯が経過してしまう。
「……く……」
包帯を巻いて、応急措置を取りながら呼吸を整える。
……ユリウスはハートの騎士に歩み寄ることを拒否した。
ハートの騎士は諦めたのか、あれからすぐに無言で塔を去り、数十時間帯経過した
今も音沙汰が無い。
もう撃ち合い以外で会うこともないだろう。
ユリウス自身、あの男といると自分が自分ではなくなる錯覚にとらわれてしまう。
二度と身体をつながない。その方がお互いのためにいい。
だが、意地と矜持で騎士を突っぱねたユリウスに代償は余りあった。
打つ手なく、未回収の時計を自分で直接集めに出かけたものの、反撃や襲撃にあい、
今も負傷させられた。
「ふう……」
ユリウスは力なく手元の袋を見る。まだ回収した時計は数個足らず。
未回収の時計の総数には遥かに及ばない。
これでは通常の時計修理に支障が出る。
そうでなくともこれによって通常の時計修理が遅れに遅れ、修理の要である腕を
傷つけられてしまった。

やっていられない。こんなことは続けていられない。

だが今は、嵐をやり過ごすより他はない。
三月ウサギが帽子屋に捕らわれ、ユリウスのもとに手駒が集まり出すまでの辛抱だ。
そうすれば、以前と変わりない日々が戻ってくる。
三月ウサギさえ捕まれば……

「時計屋さん!?」

「!!」
声をかけられ、ビクッとする。

振り向くと、木立の間に三月ウサギが立っていた。

「時計屋さん……」
退屈したマフィアに総力を挙げて追われたウサギは、ユリウスに劣らず疲れ果てて
いるようだった。以前と違い、耳は力なく垂れ、顔は汚れている。
だが、その目だけは変わらずに力強い意思を秘めていた。
「時計屋さん、久しぶ……!」
三月ウサギは笑顔で走って近寄ろうとし、立ち止まる。
「ど、どうした?」
ついさっきまで三月ウサギが捕まれば……と考えていたユリウスは、どこか後ろ暗い思いで聞いた。
「時計屋さん、怪我してるのか?」
「あ、ああ。少しな。だが応急処置はしたし傷は浅い。問題ない」
だがウサギは痛々しそうにユリウスの腕を見、突然、
「時計屋さん……ごめん!」
「は?」
三月ウサギは頭を下げた。
「え……ど、どうしたんだ?」
困惑して言うと、
「時計屋さん、俺と仲良くしてたから帽子屋の奴らに嫌がらせされたんだろ?
街で噂になってた……葬儀屋はいい気味だって」
撃ち殺したかったけど派手なことは出来なかった……とウサギは肩を落とす。
「いや、おまえのせいでは……」
より正確には、三月ウサギに肩入れするなと釘を刺されたのだ。
だが細かいことは短絡的なウサギにはどうでもいいらしい。
「ごめんごめん、本当にごめん!俺、自分のことしか考えてなくて、いつの間にか
時計屋さんに頼ってた……メシとか金とか、あんなに世話になったのに……」
悲しそうに目と耳を伏せる。
騎士と違い、感情がストレートで分かりやすい。
本当に自分のことを思いやってくれているのだ。
「……気にするな。一番大変なのはお前だろう。
孤立無援でマフィアから逃げているんだ。苦労は並大抵ではないだろう」
逆に、そこまでマフィアを嫌う理由が気になったが、聞く雰囲気でもない。
「うん、ありがとな……」
少し救われたように目を輝かせる三月ウサギ。
笑うことに慣れていないユリウスも、何とかぎこちない笑みを浮かべる。
だが三月ウサギはパッと顔を輝かせる。
「俺もちょっと休んでいいか?」
「お、おい……」
何がしかの許可が出たと思ったのか、ウサギというより犬のようにユリウスに
駆け寄って横に腰掛ける。
「…………」
それ以上、かわす言葉もなくユリウスは黙って木にもたれた。
そしてしばらく風の音だけを聞いていた。

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