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■帽子屋に警告される・下

「イカレ帽子屋。三月ウサギが私に懐いているというのは、単なる噂だ。
私がどうこう言って、おまえの下に投降するほど従順ではない」
ユリウスは苦々しい顔で吐き捨てた。
ヒマを持てあました貴族のウサギ狩りに協力するなど、馬鹿馬鹿しい。
ユリウスは帽子屋の反応を待った。
帽子屋のステッキは顎をとらえ、その後ろには光る斧、背後にはいくつもの銃口。
だが、ここで時計を止められる謂われはない。
やがて、帽子屋は言った。
「……ふむ、それならいいか。
知ってて味方に引き入れているのなら始末することも考えていたが」
「……?」
奇妙なことを言われた、と思った。
帽子屋だけが知っていて、こちらが知らない情報があるらしい。
だが今は一刻も早く出て行ってほしい。
「私は貴様らの争いに興味はないし、干渉する気もない。それだけだ」
ユリウスの言葉に偽りのないことは伝わったらしい。

「今はとりあえず信じておこう」
帽子屋はステッキを引いた。張り詰めていた空気がゆるみだす。
彼が指をパチンとならすと双子が不満そうに斧を引きユリウスから離れた。
構成員たちも銃口を下ろす。
ようやく解放されたユリウスは、せきこみながら立ち上がった。
「用件がすんだのなら、行ってくれないか」
「言われずともそうしよう。ああ、次にウサギが逃げてきたときは当然、速やかに
我々に連絡するか説得してもらえるものと期待する」
そんな親切な真似など、誰がしてやるか。
「善処しよう。だが、凶暴な野良ウサギだ。
狩っているつもりで逆に噛まれないよう気をつけろ」
ぶっきらぼうに言った。だが、帽子屋は傲慢な笑みを浮かべる。
「それこそ望むところだ。想定どおりに進んでは狩りの楽しみがない」
「……三月ウサギに同情する」
――こいつに惚れられた女はさぞ苦労するだろうな。
悪趣味ぶりに呆れ果てるユリウスに、帽子屋は冷笑を浮かべた。
「世捨て人の時計屋殿に割って入られたことだけは計算外だったが、ろくに情報収集
もしていないようだ。それが確認出来ただけでもゲームが面白くなったな」
気に障る言い方だが、事実なのであえて反論はしない。

ユリウスは繰り返した。
「何度も言うが、時計塔は帽子屋と三月ウサギの争いに関与しない。
だから、そちらもこれ以上、変に絡むのはよせ。帰ってくれ」
「ふふ。失礼した。遊戯の興を削ぐ要素は排除せねば、狩りの楽しみが半減する」
帽子屋は、己の新しい遊戯を邪魔しないようユリウスに釘を刺しに来たらしい。
もしユリウスが三月ウサギを守る気なら、門番たちに始末させるつもりで。
つくづく、迷惑千万な話だ。
「さて、ではお詫びに、こちらもおまえのゲームを面白くしてやろう」
「は?」
急に話を振られ、ユリウスは困惑する。
だが帽子屋は無視して、再び指をならした。
すると、背後に控えていた配下がどこからか大きな袋を取り出して床に置く。
袋地に広がる血の染みは真新しい。

中身は聞かれなくとも分かった。時を止めた時計たちだ。

「侘びの品だ。納めてもらおう」
「そうか……礼を言う」
回収不能だった時計たちのようだ。タダで集めてくれたのなら、大歓迎だ。
だが、ユリウスは一点だけ引っかかった。
「量が多すぎる。時計を持って逃げた者も数に入れたとて、これだけにはならない」
ユリウスが眉をひそめると、帽子屋はニヤリと笑う。
「私もウサギを追っている。部下の確保に苦労する心情は察するに余りある」
「?」
「時計屋の時計回収役は、時計屋に劣らず嫌われる仕事だ」
「……それがどうした?」
嫌な予感を抱いて静かに応える。
「葬儀屋は以前から手駒の勤務態度について腹に据えかねていたのだろう?
仕事のかかりは遅く、効率も悪く、報酬も身の丈に合わぬ高額を要求する。
一度時計塔を出れば、時計屋を葬儀屋と侮る言動さえ取るという」
「私の仕事につきものの話だ。別に私は…………」
そこで、時計が何かを察し、ユリウスは目を見開いた。
「……っ!!まさか!」
あまりにも量の多い袋を見る。

「無能な部下は不要。我がファミリーのルールを適用させていただいた。
貴殿に日ごろの溜飲を下げていただこうと思い、全ての手駒にな」

ユリウスは蒼白になって悲鳴のように叫ぶ。
「……冗談ではないっ!
これだけの人数、再び集めるのにどれだけの金と手間がかかるか…!」
「だろうな。『運悪く』帽子屋ファミリーが殺害する姿も目撃されてしまった。
我が部下もまだまだ未熟と言うことだな」
「…………」
ユリウスの手駒を全滅させ、ファミリーが殺害するところを周囲に見せつける。
これでは時計塔と帽子屋ファミリーに抗争ありと見られてしまう。
勢力差を考えれば当分の間、時計塔に新しい部下の志願者は来ないだろう。
「帽子屋……貴様……」
ユリウスの口約束で納得するほど帽子屋は愚かではない。
むしろこちらの脅しこそが来訪の本題なのだろう。

『三月ウサギに今後も肩入れすればどうなるか分かっているな』

例え時計塔からユリウスが出なくとも、いつでも窮地に追いやれるのだと。
本拠であるはずの時計塔で、ユリウスは声もなく憤るしかない。
――ゲームを、それも意識せずに少し妨害しただけで、ここまでするか!
獅子はネズミを狩るにも全力を尽くすというが、それにしても……。
困惑し、立ち尽くすユリウスを、マフィアのボスや門番はもちろん、構成員たち
までが冷笑を浮かべ、見ていた。

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