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■帽子屋に警告される・上


その時間帯は夕刻だった。
時計塔の一角で、ユリウスは残像たちの報告を受けていた。
「そうか……分かった。お前たちは引き続き他の時計の回収にあたれ」
残像を下がらせると、ユリウスは作業場へ戻る。
壊れた時計を持って逃げた者が、複数出たらしい。

――三月ウサギに連絡が取れないものか……。
だが、奴は気ままな逃亡生活をし、金がなくなったときしか来ない。
なら連絡がつくのは、各所に散らした顔無しの手駒になる。
金次第の連中だが、法外な報酬を要求してくるのも頭が痛い。
葬儀屋に人が集まりにくいと知っていて、足下を見てくるのだ。
――三月ウサギなら適正な報酬で期待以上の仕事をしてくれるのだが……。
だが、こちらからは連絡がつかない。
ユリウスはため息をつき、手駒に指令を出すため、作業机に向かう。
そのとき、彼に声がかけられた。

「久しいな、時計屋」

「っ!!」
いつからいたのだろう。気配を全く感じなかった。
「相変わらず、陰気くさいな。部屋も主も、な」
「ブラッド=デュプレ……」
全身が総毛立つ。
部屋の陰に浮かび上がるように姿を現した男。
薔薇付き帽子を被った、帽子屋ファミリーのボスがそこに立っていた。
――!!
ユリウスは護身具のスパナを取り出そうと懐に手を入れ――
「おーっと!!」
「そうはさせないよ〜」
瞬間、視界が反転し、身体に衝撃と痛みが走る。
「ぐ……っ!」
ユリウスは門番の双子に勢い良く床に押さえつけられていた。
残酷なブラッディ・ツインズは、背骨を折る気かというほど力を強める。
その背後には構成員たちが控え、全員がユリウスに銃口を向けていた。
ユリウスは苦痛にうめき、必死に帽子屋を見上げる。
「……ずいぶんな…ご挨拶だな……帽子屋」
「この世界唯一の時計屋にお目通り願うのだ。
供を随伴したとて、過剰な警戒に当たるまいよ」
言って、ステッキをユリウスの額につきつける。
「過剰どころか、先制攻撃しているだろう……」
憤って呟くと、
「ええ〜、この程度で先制攻撃?時計屋って本当にヌルいよね」
「何で、こんな弱い奴にウサギが手懐けられたんだろうねぇ〜」
門番二人はあざ笑う。
組み伏せられ、首には光る斧、額にはいつでも銃に変わるステッキ。
まあ、ありがちなピンチというやつだと、ユリウスは自虐的に笑う。
仮に自分がエプロンドレスでも似合う少女でもあったなら、こんなときには騎士か
三月ウサギが颯爽と助太刀に入るのだろう。
だが、陰気な時計屋では役が不足すぎる。
来なくていいときに襲いに来る騎士も、仕事を求めてやって来るウサギも、
真のピンチには都合よく来ない。
とはいえ、ここは時計塔だ。
「ここがどこか分かっているのか?」
領主はその領土では無敵。この世界の常識だ。
だが帽子屋は嘲笑する。
「虚勢だな、葬儀屋。ルールとは時には破られるものだ」
「…………」
相手は一領土の主。しかも何度もゲームを制しかけた男だ。
「ボス。時計屋が何かする前に、背骨折っちゃう?」
「拷問する?切り刻む?ネズミも呼んだほうがよかったかな〜」
双子は心底から嬉しそうだ。
焦燥に、汗が一筋流れる。

だが帽子屋はステッキでユリウスの顎を持ち上げた。
「く……」
目が合う。気だるさは表面だけ。射抜くような鋭い眼光が見えた。
「本題だ、時計屋。最近、噂をよく聞くのだ。わが屋敷が総力をあげて追っている
ウサギがいる。そのウサギが懐いている役持ちがいる、と」
やはり、そんなことか。だが言いがかりもいいところだ。
よその領土の役持ちを懐柔するなと警告に来たか。
「話をつけるならウサギ相手にしろ。
そもそも、三月ウサギの件は帽子屋ファミリー内の問題だろう。
部下の一人も取り入れられない貴様の無能を私に転嫁するな」
するとブラッドが笑う。
「時計屋の説教は耳が痛いな。確かに私も話し合おうとはしたさ。
何度も何度も接触し、報酬もあらゆる厚遇も約束した。
だが、『マフィアはお断りだ』の一点張りだ。よほど嫌われていると見える」
「……何か奴の機嫌を損ねる真似でもしたのか?」
言葉だけ聞くと、三月ウサギが正義感あふれる男のように見える。
だが、ためらいなしに顔なしを撃つ姿は、とても正義感の塊には見えない。
「さてね」
肩をすくめる帽子屋には、何か心当たりがあるようだ。
だが話すつもりはなさそうだし、ユリウスにもマフィアの事情などに興味はない。

「だが、我々を拒んだところで、三月ウサギに行く当ても後ろ盾も無い。
じわじわと追い詰めれば、いずれはいぶり出される。あとは帽子屋屋敷で飼ってやり
ゆっくり手懐けて行けばいい。そう思っていたのだが……」
だが、とユリウスの顎を持ち上げる。ステッキだが力は強い。
首が痛くてうめくが、帽子屋は無視する。
「まさか、よりにもよって葬儀屋が横槍を入れてこようとはな。
奴に、頼る場所が出来てしまった」
「……誤解だ。あいつは、金に困ったときに来るだけだ」
「『時計屋が三月ウサギに懐かれている』という点だけが重要だ。
奴が万策尽きて時計塔に逃げれば、我々は手出しがしにくい。
ルールは破れるとはいえ、常に出来ることではないからな」
「そこまで強行に動くことはないだろう。追うから逃げるだけじゃないのか?」
反撃のすきをうかがいながら言った。
聞いた話では、夢魔の部下の役持ちも、最初は夢魔の命を狙っていたのだという。
部下の役持ちが、主の役に従わないのは珍しい話ではない。
「ウサギ狩りだよ、時計屋。私は退屈なんだ」
暇つぶしでマフィアがウサギと鬼ごっこ。三月ウサギにはいい迷惑だろう。

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