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■ウサギの友人・下

「あーあ、この非常食に頼るしかねえかな。乾いて不味くて、食いたくねえけどよ」
嫌そうに、マフラーにからめた乾燥麦を見る。
「…………」
ユリウスは迷う。三月ウサギは何も考えずにしゃべっている。
同情を引いておごらせようとか、そういう意図はないだろう。
だから、このまま別れても三月ウサギは一切気にしないだろう。

「あ、引き止めて悪かったな、時計屋さん。
だから俺、今すぐ仕事が欲しいんだ。
言ってくれたら、すぐ回収してくるからよ」
だが、ユリウスは深々とため息をつく。
回収困難な時計はあるが、それどころではなさそうだ。

「……おごってやる。どこかの店に入るぞ」

三月ウサギの耳がピン、と立った。
目が丸くなり、ポカンと口が開いている。
――うう……。
似合わないことをしているという自覚はある。
裏があると思われたのかもしれない。
「時計屋さん……」
「い、いや、その、別に、お前を心配したわけじゃない。
ただ、ちょうど私も昼時で……その……」
「あんた……なんっっっって、良い人なんだっ!!!」
大音量。耳が痛い。周囲の視線も痛い。
「役崩れの俺に仕事をくれて、心配してくれて、その上メシまでおごって……
俺のこと、こんなに気にかけてくれた奴、今までいねえよ!!」
――ううう……。
三月ウサギは本当に感激している。
目が輝き、ユリウスへの視線には今や尊敬の光が混じっていた。
――な、懐かれた……!
言わなければ良かったとユリウスは内心後悔する。
「い、行くぞ」
「おう!」
並んで歩く。大柄な男の存在はどこか安心感があった。
――いずれはマフィアのボスの後ろを歩くことになるのか……。
こんな屈強な男に守られるなら、さぞ心強いことだろう。
しかし、喧嘩っ早いが『マフィアの幹部』というよりまだ『チンピラ』という形容の
方が近い。こそこそ逃げ回っているような男がマフィアの中でやっていけるのか……
「!!」
突然、真横で銃声がした。
襲撃か!?と振り返ると、硝煙立ち昇る銃を構えた三月ウサギがいた。
先ほどとは違い不機嫌な表情で、目は射殺すように鋭い。
その先には、今しがた撃たれた顔なしの男が倒れていた。
周囲の顔なしたちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
だが見たところ、倒れた顔なしは刺客と言う様子ではない。武器も持っていない。
「どうした?何があった?」
声を低くして聞くと、
「あいつ、時計屋さんの悪口、言ってたんだ」
「……は?」
「何で葬儀屋が外にいるんだ、時計塔にこもってればいいのにって」
まあウサギ耳だから、小さな音を拾ったのかもしれない。
「……それだけで撃ったのか?」
「当たり前だ。あんたの悪口を言うなんて許せねえよ!」
「…………」
――やはりマフィア向きだ。
心の中の前言を撤回し、渋面で、
「仕事が増える。そんな些細なことでいちいち撃つな」
「!!」
ユリウスの不興を買ったと思ったのか、三月ウサギは目に見えてあたふたする。
「す、すまねえ。時計屋さん。俺考え無しに撃っちまうから……。
だって友達のこと悪く言われたら、誰だってカッとなるだろ?えと、だから……」
言い訳はまだまだ続く。だが、ユリウスの耳は意外な言葉を反響する。
――『友達』……。
呪わしい言葉だ。勝手に友達呼ばわりした挙げ句、押し倒してきた獣を連想させる。
それに今の二人は仕事を与え、請け負う関係にすぎない。その表現は正しくない。

だが、そんなに不快ではないことに気づく。
――私と三月ウサギが友達、か……。

ふいに心が温かくなる。
周囲の景色が急に色を持ったように思われ、空もいつもより鮮やかに感じる。
「あれ?急に笑ったりして、どうしたんだ?時計屋さん」
「え?わ、笑……?」
焦って口元を押さえる。笑みがもれていたのか、全く気づかなかった。
「ははは。笑った時計屋さんって初めて見た。
でもあんた、もっと笑った方がいいって」
「そ、そうか……?」
「ああ、そうだ!!」
自信たっぷりにうなずく三月ウサギ。
そう言われると、何だか笑顔を肯定されている気分になってくる。
死体は目に入れないようにしながら、
「なら、そろそろ料理屋に行くか」
「ああっ!そうだよ、メシ食いに行くんだ!
俺、カッとなって忘れてたぜ。ははっ!」
「あはは……間抜けな奴だ」
つい声に出して笑ってしまう。ユリウスはまた三月ウサギと歩き始めた。
会話は思ったより弾み、風は爽やかで足取りは軽かった。

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