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■塔の夜・下

間違いなく、あれはただの暴力だった。
ユリウスに耐性が低いと知っていて無理やり快感を抱かせ、羞恥させ、辱め、
あとはただ自分の欲望を満足させるだけの。
時計屋として、高位の役持ちとして、男としてのユリウスへの配慮は微塵もない。
いや、むしろそれらを、悪意をもって粉々に砕き、貶めるためだけの行為だった。
ユリウスは激痛に耐え、床に転がる。
背中は摩擦で擦り傷が出来ている。床の上で行為に及んだせいで、全身に
軽いアザ。後ろからは馴染んだ鉄の匂い。恐らく裂傷が出来ている。
しばらくは日常生活が辛いだろう。
叫びつかれたせいで喉が痛い。
ユリウスは無理やりに自分を叱咤し、身体を簡単に清め、衣服を整えて立ち上がる。
「うっ…………」
後ろからの刺すような痛みで折れかけるが、何とか持ちこたえる。
食糧棚によろめき歩き、中を探ると、甘い匂いがした。
「…………」
時間が経過し、あちこち傷んだリンゴだ。
エースが持ってきたものだった。
かじると、腐る寸前に身がくずれていて口中に嫌な食感が広がる。
それでも身体は水分を歓迎し、ユリウスは食べ進める。

丸一個食べ終えると芯を捨て、そのまま脱力してその場に座り込む。
ぼんやりと、騎士のように赤い夕焼けを見た。
――また、来るのだろうか。
早急にルールを設定して、あの似非騎士を排除しなければならない。
先刻は仕方がなかった。
エースの動きは速く、後手に回ったユリウスは力を使う暇も与えられなかった。
――だが……。
思い出すものもある。エースの手によって与えられた快感と激しい衝動。
一時とはいえ、酔狂な闖入者にかき回された賑やかな日々。
あんなもの、時計屋となってからの長い日々の間に、一度でもあっただろうか。
――いや、違う!私はこんなことを望んでいない!
両手を目に当てる。
これ以上乱さないでほしい。
一人でいたい。
永久に時計塔にこもっていたい。
ユリウスはルールを作ろうとした。
時計塔に騎士は立ち入り不可であるというルールを。
もしくは暴行されそうになったら相手を排除するというルール。
「ユリウス?」
「!!」
扉を開けて、騎士が入ってくる。
手にはまたリンゴ。
恐怖で出来かけていたルールが霧散する。
座ったまま後ずさろうとするが、動けない。
「ユリウス、さっきはごめんな。俺、夢中になっちゃって。まだ傷が痛むだろ?」
本当にすまなそうな顔をしてエースが近寄ってくる。
ユリウスは必死にルールを作成しようとした。
だが、いくら望んでも形にならない。
内にあるのは騎士への恐怖と、憎悪と――――期待。
「お前など……」
突っぱねようとしたが、アッサリ封じられ、抱きしめられる。
コートには騎士らしからぬ草木と血の匂い。
「ん……」
顎を上げられ、唇を落とされる。
舌が混じり、唾液のからむ音が夕刻の部屋に響く。
そのまま騎士の手が整えたばかりの衣服を暴こうと動く。
「ま、待て、エース。まだ身体が……さっきの傷も……」
屈辱の記憶が蘇り、怒りも手伝ってユリウスはもがく。
だが騎士の腕は全く揺るがない。
「ユリウス、ごめん……本当にごめんな。まだ傷が痛むよな。
あちこち痛いよな。本当に本当に悪いと思ってるよ……」
さっきと似た言葉を繰り返すエース。
そして自分もコートを脱ぎながら、心からすまなそうに、

「まだ痛むのに、二回目を強制することになっちゃって、悪いな」

「!!お前……」
床に再び押し倒され再びタイが引き抜かれる。
剥き出しの胸に口づけられ、今度はボタンを外さず、引きちぎられる。
「止めろ……やめてくれ、エース……」
「うん、本当にごめん。でもダメだ。俺、ユリウスが本当に好きかもしれない」
「好きな相手にこんなことをするのか、お前は!!」
「ああ、するぜ。さっきので、やっぱりユリウスが大好きだって分かった。
俺、ユリウスをいいように犯して滅茶苦茶にしたい、
憎まれても嫌われてもかまわないくらい、ユリウスが好きなんだ」
「…………」
分かったのは、この騎士が理解不能な思考回路を持っているということくらいだ。
ユリウスはあきらめず、騎士を永久に排除する力を使おうとした。
だが、今や全く頭がはたらかない。
代わりに脳を侵食していくのは……重く湿った悲しみ。
この男とは分かり合えない。向こうも、理解されることを望んでいない。
「好きだぜ、ユリウス……」
口付けが落とされ、下衣が下ろされていく。
確認されるまでもなく、ユリウスの×××は再度起ち上がりはじめていた。
そして、ユリウスは騎士にいいように蹂躙される。

…………
裂傷を負っている箇所に再度挿入され、腰をゆすられながら、ユリウスは激痛に
叫び続ける。だが、どれだけ叫んでも誰にも届かない。
エースはそのたびに謝りながら、だが決して手をゆるめない。
ユリウスに苦痛しか与えないまま、騎士は果てる。
血と精液の匂いにむせながら、ユリウスは意識を飛ばす。
好きだと言いながら、一切の傷の手当てをせず立ち去る騎士。

時計塔の新たなルールは作成されないまま。

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