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長編「時計と剣(つるぎ)」

※ユリウス×少年エース
※エース(小)がやたら愛されます(微鬼畜展開有り)

■ハートの国の迷子1

「ん……」
 目を開けると星空が見えた。

「何で空が見えるのかなあ……」
 少年は呑気にそんなことを考えてから、自分が倒れているのだと気づいた。
「い、いたた……」
 ゆっくり起き上がり、全身が痛いことに気づいた。
 背中の痛みが一番強い。まるで何かに叩きつけられたみたいだ。
 あとはお腹も少し。他にも何カ所か痛む。ついでに空腹だ。
「ここ、どこだろう……」
 暗さに目も慣れてきた。少年は周囲に目をこらす。
 星空が近い。どうやらここは、高い建造物の屋上のようだった。
「何だあれ!」
 見えるのは大きな普通の領土、遊園地。
 それにライトアップされた、奇妙なハート型の城だ。
「変なお城だなあ」
 旅に出たくなって、ウズウズする。
「えーと、出口はどこだろう」
 少年はその建物の屋上をせっかちに走り回った。

 数時間帯後。

「こ、この屋上、造りが複雑すぎるよ。出口が全然分からないや」
 時間帯は昼になっている。
 より周囲が見やすくなって、どうやらこの場所が『塔』らしいことが分かった。
 けど出口は一向に分からない。
 身体は痛く、歩き回って空腹も増している。
「お腹空いたぜ。あ、そうだ。ユ――」
 
 全身の血が凍りつく。
 そんな感覚がエースを襲った。

「う……っ……!」

 エースは身を下り、冷たい石畳にうずくまった。軋むように体内が痛い。
「うう……っ……」
 石畳に雫が一つ二つこぼれ落ちる。
 これは汗だ、と少年は強く思う。
 目元をぬぐい、腰に手をやると、剣に触れた。
「…………」
 武器を持っていることに気づき、急に心強くなった。
 エースは気を取り直すため、すらりと剣を抜く。
「あれ?」
 刃先が、少し刃こぼれしていることに気づいた。
 いったいどこで、こうなったのだろう。
「うわあ、ちゃんと手入れしないと、怒られ――」
 
 誰に?

 また血が凍りつく感じがした。少年
 は考えないように、考えないように、と嫌な気分を遠ざける。
 そして首をかしげた。

 自分の今の目的は? 
 あの変なお城に行って探検したい。それだけ。
 自分は全身は? 痛いし、空腹。

「それなら、先に何か食べなきゃな!」
 名案を考えついたと得意顔になる。
 そしてちょうどすぐ横に、下に続く階段が口を開けているのが見えた。
「うわあ! やっと見つけたぜ! 大変だったなあ」
 意気揚々と少年は階段を下りる。

 少し下りて、少年は好奇心に目を輝かせる。
「変な塔だなあ」
 見たことがあるような、無いような。
 その内部は、さながら時計の中だった。
 あちこちの壁に歯車がかけられ、それらが連動して動いている。
「でも、のんびりしてられないな。早く食べ物を探さないと」
 少年はたった一つある階段を軽快に下りていった。

 数時間帯後。

「……なんでこの塔は、こんなに複雑なんだよ。まるで迷路だぜ」
 階段に座り、少年は疲労と空腹にあえぐ。
「ん?」
 そして目の前に扉があることに気がついた。
「ああ!」
 パッと顔を輝かせた。今の今まで気づかなかった。
 この扉は見覚えがある気がする。
 向こうに、もしかして知り合いがいたりしないだろうか。
 彼はバタンと扉を開けた。そして笑顔で、
「なあなあ! 俺、お腹ペコペコで――」
 言葉が止まる。


 室内は血で染まっていた。


 天井、壁、作業台。
 全てが血に汚れ、したたり、ポタポタと赤い水たまりを床に作っている。
 そして作業台にもたれるように倒れた男は、すでに――。


 …………


 エースは階段に座っている。
 どれだけ階段を上ったのか下りたのかも覚えていない。
 そしてポツリと呟いた。
「さっきの人、誰だったんだろう」
 あの後、すぐに逃げたから、よく見てはいなかった。
「お、臆病風に吹かれたんじゃないからな。
 もし犯人が近くにいたら、危険だから!!」
 周囲に誰もいないと知りつつ言い訳し、うなだれる。
 
 あの血だまりの中に倒れていたのは、誰だっただろう。
 よく知っている人物だった気がする。
 大して親しくない相手だった気もする。
 少年は記憶の中から、似た人物を探そうとした。

「……あれ?」

 そこで気がつく。
 自分の名前はエースだ。
 考えるまでもない。
 青と黒を基調とした服、そして剣。茶の髪と赤い瞳をしている。
 
「それで俺、俺は……」

 焦りが少しずつわいてくる。
 思い出せない。
 刃こぼれした剣。自分は誰かと戦っていただろうか。
 いったい誰と? その前は何をしていた?
 誰に面倒を見られ、どこに住んでいた?
 
「俺、誰だ?」

 少年エースは呆然と呟いた。
 
 …………

 その後、時間帯をかけてさっきの部屋に戻ったが、すでに部屋は
巻き戻っていた。
 血も死体もない。
 乱雑な室内には、時計が一つ落ちているきりだった。

 窓の外は夕暮れだ。
 エースはそっと、時計を手に取ってみた。
 血は消えたけど、夕日を反射する時計は赤い。
『悲しい』という感情がわき起こるのでは、と思ったが何の感慨もわかなかった。
 これはただの時計だ。
 放り投げると、止まった時計は硬い音を立てて床に転がり、動かなくなった。
「何か食べるもの、ないかな」
 空腹には打ち勝てず、さっきまで血だらけだった室内をあちこち探す。
 ついでに自分に関する手がかりも探したが、何も見つからなかった。


 時間帯はまた夜に変わった。
 灯りをつける方法も分からない。
 エースは暗い部屋にうずくまり、作業台の引き出しから見つけた
保存食をかじる。味がしなかった。
 それから背伸びをし、窓の外をのぞいた。
 街には灯りがあふれている。
「俺の家って、ここなのか?」
 違う気がする。そして、この塔には他の住人の気配がない。
 自分は一人で生きていたのだろうか。だが自分は大人ではない。

 さっき倒れていた男を、よく観察すべきだった。
 けど、そう出来なくてホッとしているのも事実だ。
「よしっ! 忘れる!」
 エースは両手で両の頬を叩く。自分を奮い立たせるように、
 頬が痛いが少しだけスッキリした。
「これは、大冒険の始まりってやつだ!」
 何のしがらみもなく、好きな場所に行けて好きなだけ旅が出来る。
 ワクワクする。最高の自由だ。
 そう思ったとき、腹の虫が盛大に鳴いた。
「……時間帯が変わったら、食べ物を探さないとな」
 エースは床にうずくまった。
 室内に、簡素なベッドはあったが、使う気になれない。

 ここは他人の部屋だ。
 エースは硬い床の上で、目を閉じた。

 夢は見なかった。

 …………

 …………

「やっと外に出られたぜ」
 大冒険の前から疲労し、エースは肩を落とした。
 この時計のような塔は迷宮だ。 
 外に出るだけで、これまで費やした時間の倍はかかった。
 だがそのかいあって、塔の外には、街が広がっていた。
 昼間の時間帯で、遠くの建物までくっきりよく見える。
「まずはあのハートのお城に行ってみよう!」
 誰か自分を知っている者がいるかもしれない。
 エースは新しい風景に、足取りも軽く歩き出した。
「あ、美味そう!」
 軽食の露店を見かけ、慌ててポケットの中を探る。
 ……落としたのか、元々持っていなかったのか。
 小銭のたぐいは見つからなかった。
「お城で何かもらえないかなあ……」
 露店に向かう、楽しそうな家族連れを横目に、エースはとぼとぼと歩き出した。

 …………

 …………

「何、君たち?」
 顔をしかめ、エースは聞く。
「はあ? それはこっちの台詞だよ」
「いったい何の用だよ!」
 目の前には同年代くらいの双子の門番がいた。
 敵意に満ちた表情で、こちらに斧を向けていた。
「通してくれよ。おれはこのお城に入ろうとしたんだ」
 すると赤と青の双子が、
「はあ!? バッカじゃないの!?」
「ここは城じゃなくて帽子屋屋敷! おまえの来るところじゃない!」
「ええ!?」
 言われてみれば、門の向こうに見えるのは巨大な屋敷で、どう見ても
城には見えない。
「お、おかしいな。俺は確かに城に来たつもりなのに!」
「まあいいや。とにかく屋敷に入ろうとしたってことなんだろ?」
「侵入者は排除しないと、ボスに減給されちゃうからね」
 双子が斧をこちらに構える。
「…………」
 エースもゆっくりと剣を抜く。
 二対一では不利かもしれない。だが男として引くわけにはいかない。
 その前に、気になったので聞いてみた。
「なあ君たち、『俺』のことを知ってる?」
 すると双子は意外なことを聞かれたように、目を丸くした。
『…………』
 二人で顔を見合わせ、何か言おうと口を開き、閉じる。
 彼らは『エース』を知っているのかもしれない。
 だが直接、こちらを知っているわけではなさそうだ。
 別の『軸』の話題は、あえて出さないのがこの世界の常だ。

「知っていても、教えてやらないよ」
「おまえ、まだ『役』がないんだろ? 消えても誰も気にしないよな」
「――!」
 エースは怒りでカッとなる。
 双子は遠回しに、自分たちの優位をほのめかした。
「行くよ! おまえを始末して休憩だ!」
「さっさと終わらせて特別手当だね!」
 双子が斧を持って襲いかかってきた。
「負けるかっ!!」
 エースも剣を構え、斬りかかった。

 …………

 …………

「痛いなあ……」
 森の中を、額から流れる血を拭きながら歩いた。
「剣が刃こぼれしていたんだ。お腹だって空いてたから仕方ない。
 あれは戦略的撤退ってやつだ」
 やはり二対一では完全に不利だった。傷だらけになってしまった。
 恐らく実戦経験にも相当な差があるだろう。
 だがエースは認める気になれず、再戦を密かに誓ったのだった。
 
「だから弱くて未熟なんだ。おまえは」

 風に吹かれ、誰かが背後で笑った気がした。

「誰だっ!!」
 
 警戒をあらわに振り向く。全く気配がなかった。
 だが後ろには森の風景しか見えない。誰もいない。
「何なんだよ。空耳?」
 だが嘲笑は、まだ耳の奥に響いていた。

 …………

「お腹、空いたな」
 目が回りそうだ。
 森の中を何時間帯も歩き、まだ城につけない。
 どれだけこの国は、広くて複雑なんだろう。
 自力で餌を調達しようにも、折りからの空腹と、さっきの双子から受けた
傷のせいで、身体が上手く動かない。
 木の実も探すが、そうそう都合良く見つかるわけでもない。
「お城、まだかな……」
 城に着いたからといって、温かい歓迎を受けるわけではないのだろうが、
エースは半分、意地になっていた。
 やがて森が開けると、
「あれえ?」

 遊園地だった。

 賑やかな音楽とアトラクションが稼働する騒々しい音が響いてくる。
「また間違っちゃった……」
「いらっしゃいませー! 遊園地へようこそー!」
 テンション高く、奇妙な格好の従業員たちが、目の前に現れた。
 だけど傷だらけのエースを見て、すぐに笑顔を消す。
「あれえ? ボク、怪我してるけど大丈夫? 遊園地に逃げて来たの?」
「『ボク』? 俺は道をちょっと間違えただけ。遊園地なんて来ないよ」
 子供扱いされ、ムッとするが、従業員は他の従業員に、
「オーナーを呼んできましょうー! 子供が怪我をしてるって!」
「オーナーぁー! 怪我したお子さんがいますー!!」
 大声で叫ばれ、入場しようとしていた客の目が一気にこちらに向かう。
 エースは真っ赤になった。
「違う! 俺は子供じゃないし! 怪我も大したことないよ!」
 ムキになって言いはるが、

「何々、どうしたの? うわ、ヒドい怪我だなあ、おまえ!!」
「わ!!」

 立ち去るより先に、目の前にピンクの猫が下り立った。
「あれぇ? おまえ……」
 金の瞳の猫は、目を丸くしてこちらに鼻を近づける。
 遊園地の客なのか、家を持たない野良猫なのか。
 巨大なファーが印象的だ。今は心配そうにエースを見ている。
 しかしエースは、
「何だよ。キャットフードは持ってないよ?」
「……おまえ撃たれたいの? とりあえず救護室に行こうぜ。治療しないと」
 嫌そうな顔ながら、手をこちらに伸ばそうとする。
 それを、エースはパンと払った。
「痛っ! 何するんだ! 心配してやっただけだろう!?」
「何で猫に世話を焼かれなきゃいけないんだよ!?
 俺のことは放っておいてくれよ!」
 すると猫の目がすぅっと細くなる。
「……おまえ、心配してやってるのに、そういう態度?」
 猫が笑い――銃を出す。ピンクの銃だ。
「うわっ! 悪趣味。そんなもの、よく平気で持ち歩けるね。
 それとも動物ってそういうのが好きなの?」
 エースも後ろに下がって距離を取り、剣を抜いた。
 猫の目からは、好意の色が完全に消し飛んでいた。
「そんな口、二度と叩けないようにしてやるよ!!」
 銃口がまっすぐこちらに向かう。
 ヒヤリとした予感が背をなでつける。
 ――かまうもんか!
「っ!!」
 猫は、エースが逃げると思っていたのだろう。
 エースが思い切り斬りかかると、驚いたように身を引いた。
 その隙に乗じて、エースは懐に入り込み、一気に剣を――
「遅いっ!!」
 猫が声を荒げ――銃をエースの側頭部にたたき込む!
「ぐ……っ!!」
 視界に火花が散った。耳がきーんとなり、地面に倒れ込む。 
 耳にぬるりとした液体が入り、全身が気持ち悪い。
「はい、チェックメイト」
 起きようとしたとき、もう猫はエースの腹に靴を乗せ、額に銃をつきつけていた。
「はな……せ……よ……!」
 容赦なく腹に体重をかけられ、こらえきれず悲鳴を上げた。
 周囲の客は見ないフリ。
 従業員たちも遠巻きにし、助けにくる気配はない。
 そしてエースは、この猫は遊園地の猫なのだと、ようやく気づいた。
 猫は冷たい表情で
「ああ。離してやるよ……おまえが動かなくなってからな」
 銃口を強く額に押しつけられる。今度は本気のようだった。
 エースの顔が恐怖に強張った。

 ――ユ……リ……

 何か思い出しかけた気がした。そのとき、

「こらあっ!! 入り口で騒いでるんじゃねえっ!!」

 怒声が響いた。
「ちっ……。もう少しだったのに」
 銃口が遠ざかる。だが、まだこちらに向けられたままだ。腹の靴も。
「おっと動くなよ? 少しでも動いたら――」
 猫は最後まで言い切ることが出来なかった。
「ボリスっ!! てめえ、何、油売ってんだっ!!」
 さっきの怒声の主が猫をぶん殴った。
「何するんだよ、おっさん!? 俺はただ……」
「お、オーナー、落ち着いて下さい〜! お客様が見てますよ!」
 ボリスや従業員が抗議や制止の言葉を口にするが、
「うるせえ! 皆して俺のコンサートをすっぽかしやがって!!」
『…………』
 怒声の主の言葉に、その場の全員が口をつぐむ。
 エースは起き上がり、頬の血をぬぐいながら思う。
 もしかしてこの大人は、俺が傷つけられたことを怒っているのではなく、
猫たちがコンサートとやらをサボったことを怒っているだけ?

 時計が軋む。自分は部外者だ。

 怒声の主――オーナーが、ガミガミと従業員たちを叱る間に、エースは
そっと後じさった。
「あっ! おっさん! あいつが逃げる!!」
 ボリスと呼ばれた猫が気づいたらしい。
「あいつ?……っ! な、何だあんたは! おい待てよ! ひどい怪我――」
 呼び止められるが、遊園地に背を向け、必死に走った。

 …………

 …………

 何かないか。何か。
「あった!」
 調理場の戸棚の奥から、チョコレートの食べ残しが、やっと見つかった。
 エースは暗闇の中、包装紙をはがす手間も惜しく、貪った。
 水道の蛇口をひねると、どうにか水が出てくれた。
 コップいっぱいに水を出し、思い切り煽る。
 ほんの少し、身体が温かくなった気がした。
 だけど、身体の痛みは一向に治まらない。
 双子に斧で切られた傷、猫に銃で殴られた傷。
 他にもよろめいて転んだり、熊に追いかけられて出来た傷もある。
 つくづく、自分は運がないらしい。

 結局、城にたどり着けず、時計の塔に戻ってきてしまった。

「ここは俺の家なのかな?」
 分からない。他の住人が帰ってきた気配はない。
 確実に住人だと思われる男は、すでに時計に還ってしまっている。

 月が雲に隠れただろうか。
 暗い塔の中が、さらに暗くなる。
 傷がじくじく痛む。動かすだけで激しい痛みが襲う。
 いくら傷が勝手に治る世界とは言え、あまり長く放置しておくと危ない気がした。
 でも救急箱が見つからない。
 塔の中で見つけた布で傷を縛ったけど、余計に痛くなっただけだった。
 エースは床にうずくまり、違和感に気づく。額に手を当てると、

「熱い……」

 高熱を発していた。
 やはり運が悪いみたいだ。
「大丈夫、大丈夫。寝ていたら治る。寝ていたら……」
 自分に言い聞かせ、床に横たわる。

 エースは一人、眠りについた。

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