続き→ トップへ 目次

■剣と時計(最終話)

そして時間帯が夕暮れに変わるころ、ピクニックもお開きになった。
「いつか決着をつけるからな、時計野郎!」
中指立てて、ウサギが帰っていく。
「分かったから、次は他の場所でピクニックをしてくれ。うるさくてかなわん」
ユリウスはシッシッとウサギを追い払う。
「うちのが世話になったな。また改めて礼をさせてもらおう」
帽子を少し持ち上げ、帽子屋が去って行く。
「無駄な話だな。私は時計塔から出るつもりはない」
肩をすくめ、冷淡に返した。
「いいから!もううちに迷い込むなよ、迷子騎士!」
「迷惑なんだ!他の場所で遭難して、崖から落ちてろ!」
心の底から嫌そうにしている双子。
「あははは!頑張って修行を積むんだな、双子君!」
エースはやはり上機嫌だ。
「ユリウス」
そして、横から声がする。見下ろすと、余所者の少女がニッコリ笑っている。
「ユリウス。また、遊びに行っていい?」
先を行く帽子屋と三月ウサギの背に、変化はない。
「ああ」
うなずくと、少女はパッと笑顔を浮かべる。
「じゃあ、今度はエースと三人でお買い物に行きましょうよ!」
「ああ、そうだな。二人でユリウスをもっと外に出さないとな」
意気投合して笑い合う二人。
ユリウスはため息をつく。振り返り、殺意をこめて睨む三月ウサギに『社交辞令に
決まっているだろう!』とどうにか合図を送る。向こうに通じたか、定かでないが。
そして少女はスカートをひるがえし、夕暮れの中、手を振って『家』に帰っていく。

余所者の少女がこの世界に来て、残ることを選んだ意味はまだ分からない。
だが、意味があろうと無かろうと、ほんの少しだけ世界が変容した。
白ウサギはきっと笑っている。
ユリウスは笑えない。だが受け入れるしかない。

「じゃ、俺たちも帰ろうぜ」
エースがうなずいて、歩き出す……なぜか別方向に。
「時計塔が目の前にあるのに、迷えるおまえがすごい」
「いやいや!たまには違う入り口からだな……」
天敵の連中と話して、精神的にかなり疲労した。
エースを説得するのも面倒で、パシッとエースの手を取り、引っ張る。
「……て、え?ユリウス?外だぜ?いいのか?」
珍しく慌てたような声のエース。
ユリウスは振りほどかれないよう、手をしっかり握り、
「夕暮れで見えはしない。それにつないでなければ、おまえは迷うだろう」
「ふーん。そうなのか?ユリウスが言うならそうなんだろうな」
何だか嬉しそうな声がする。
そして二人は手をつなぎ、時計塔に戻っていった。エースがヒソヒソと、
「何か手をつないで帰るってさ。何か、恋人同士って感じだよな」
「恋人でいいだろう。他に形容する言葉があるのか?」
いちいち否定するのもいい加減面倒で、ぶっきらぼうに答える。
すると一瞬だけ沈黙があり、
「ああ!」
嬉しそうに、本当に嬉しそうにエースがうなずいた。

…………

「ん……」
窓から差し込む朝日に、ユリウスは目を開ける。
今回も、どうにか殺されず、目覚めを迎えられたらしい。
だが、かたわらに寝ていた男はすでにいない。
ユリウスは不機嫌に起き上がり、まずシャワーを浴びるべくギシギシと音を立て、
ベッドを下りる。そして窓をもう一度見、
「…………」
遠くにハートの城がないことを知る。
どうやら引っ越しが起こったらしい。
騎士は強制的に、ハートの城に送還されたわけだ。
ユリウスは特に表情を変えない。
そしてシャワーを浴びに部屋を出た。

そして作業場には時計の音だけが響く。
時計屋ユリウスは眼鏡をかけ、工具を取り、時計を修理する。
変わらずに己の役割を守り続ける。



銃弾飛び交う赤と黒の世界、そのどこかの国。
その物騒な国に、一つの塔が建っていた。
時計を模したその外観は、静かな威厳を称え、国のどこかに座していた。
だがその塔の周辺は、昼夜問わず常にひっそりしていた。
たまに人目をはばかるように人が入るが、すぐに出ていく。
通り過ぎる人間も、塔を視界に入れないようにしているようだった。

その塔――時計塔には住人が一人だけいた。
その住人の部屋は、威厳ある塔の居室と思えないほど薄暗く簡素だった。
私物と言えばベッドと珈琲のサイフォンくらい。
他は全て、時計や時計の部品、時計工具で埋められている。
時計塔の主は、今その部屋の作業台で、慎重に時計の修理をしていた。

やがて時間帯が昼から夜に、夜から夕に、その次にまた夜に変わった。
だが作業室では主が灯りを落としたり、ほの暗くつけたりするほどの変化しかない。
主はたまに離れた場所の工具や器材を取りに立ち上がり、その際に珈琲を飲んだ。
ごく稀に机に伏してわずかな仮眠を取る。だがそれも長くは無い。
たまに時計屋の仕事や『ルール』の撃ち合いに出かけるが、すぐに戻る。
そうしてまた時計の修理を続ける。

訪れる者はめったになく、来たとしても用件をすませて足早に立ち去る。
時計塔の主は、この国では、そんな孤独な生活をずっと続けていた。

いや、もしかしたら、これからもそうなるのかもしれない。
例えばエプロンドレスの少女は、今ごろ元の世界に帰還しているかもしれない。
騎士や補佐官は、存外あっさりと落命しているかもしれない。
それ以前に、次の時間帯の、自分自身の命すら、存在の確証が持てない。

だが、時計塔の主は密かに願う。

誰かが、作業場の重い扉を開けて入ってくることを。
それは青いエプロンドレスの少女かもしれない。
ココアをトレイに乗せた知人かもしれない。

寒すぎる笑顔を浮かべた、時計塔の騎士かもしれない。

つまらない時間があった。
傷つき、傷つけられ、利用され、嘲笑われ、振り回され、多くを失い。
手に入れたのは、いつ自分を害するか分からない壊れた騎士。

それでも歩いていく。
少しずつ残酷に移り変わるこの世界を。
例え領土が違っても、互いに互いを選んだ二人で。
共にいつまでも。
この儚い時計が動く限り。

…………

今、ユリウスは一人きりの部屋で、時計修理の手を止め、淡く微笑む。
そして離ればなれになった誰かの名を呟き、また作業を再開する。

どのくらい時間帯が経っただろう。
部屋が寒くなってきた気がした。
もしかすると、また少し世界が変わったのかもしれない。
誰かが扉を叩く音がする。

そして扉が開き、自分を呼ぶ声がする。
だがユリウスは微笑みを消し、いつもの表情を作って顔を上げる。
そして最初の仕事を命じるべく口を開いた。


歩いていく。いつまでも。

剣と時計の誓約を結んだ騎士と共に。



剣と時計・完

………………
Thank you for the time you spent with me!!

2010/10/01−2012/08/03
aokicam

5/5

続き→

トップへ 目次


- ナノ -