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■日だまりの中で


そして舞踏会が終われば、また変わり映えのしない日常が戻ってくる。

「ユリウスー!なあユリウスー!」
「うるさい!抱きつくな!仕事中だ!!」
馬鹿がうっとうしい。舞踏会の最中も、野外だったせいか庭園でやけに激しかった。
それ以降も何かとつきまとってくる。押し倒してくる。
なのに時計回収の仕事は、相変わらず遅い。最悪だ。
そして……ユリウスを苛々させることはまだあった。

窓の外から聞こえる銃声に舌打ちし、エースを見る。
「エース、ちょっとついてこい」
「ん?今回は外にする?階段もちょっと気分が違ってていいよな」
「ふざけるな、馬鹿者」
だが犬は、尻尾を振りながらついてくる。
相手にする気にもなれず、ユリウスは無視して扉を開け、階段を下った。


そして、時計塔から出て来たユリウスを見るなり、三月ウサギは銃を抜く。
「時計野郎!てめえ何の用だ!!」
しかし今回ばかりは、三月ウサギの側に非がある。
「それはこっちの台詞だ!おまえたち、時計塔の広場で騒ぐな!
内輪もめなら自分たちの領土でやれ!」
エースはというと、剣を抜いて、ユリウスを守れるように構えている。
しかし目の前には緊迫感に欠ける光景が広がっていた。

「あ、あの、ごめんなさいユリウス。
何かここでピクニックをするのが定番になっちゃって……」
バスケットからデザートのムースを取り出しながら、エプロンドレスの余所者が、
ペコペコ頭を下げる。
なぜか知らないが、最近、時計広場がマフィアの幹部のたまり場になっている。
昼夜問わずピクニックをやらかし、最終的に銃撃戦となるのだ。
「毎回毎回、気色悪い食品が原因で、近隣の迷惑かまわず大声でケンカを始める!
銃撃戦を起こす!それと、ゴミくらいきちんと片づけてから帰れ!!」
「ご、ごめんなさい……」
ガミガミ叱ると、少女が心底からすまなさそうにうつむく。すると、
『お姉さんを悪く言うなよ、時計屋!!』
「こいつを責めるなら俺が許さねえぞ、時計野郎!!」
双子や三月ウサギが怒鳴るが、抜剣したエースを警戒してか撃ってくることはない。
そして別の場所からダルそうな声がした。
「ふむ。責任の一端は私にもありそうだな。
『気色悪い食品』という形容も、大いに納得出来るものがある」
一人、優雅に紅茶を飲んでいた帽子屋がチラッとこちらを見る。
「まあ、騒音や食品廃棄物放置の非は認めよう。
時計屋に騎士。良ければ、一緒に食していくといい」
ユリウスと三月ウサギはすぐに反応した。
「!冗談じゃねえ、ブラッド!誰が時計野郎なんかと――」
「私も冗談ではない!誰がイカレ帽子屋連中と一緒に――」
が、最後まで言い終わる前に、
「ええ!?いいの?帽子屋さんって気前良いなあ!」
「そうよそうよ、エースもユリウスも食べていって!」
エースと少女がかぶせるように言った。
『…………』
ユリウスと三月ウサギは、何千時間帯ぶりかに、目を見交わし……肩を落とした。

…………

どうでもいい話がある。
一人の暗い引きこもりの時計屋がいた。
裏切られ、つけこまれ、振り回され、見下され、侮られ、挙げ句に陰謀に勝手に
荷担させられ、余所者という重大な異分子を招き入れた。

それで何か変わったのだろうか。
数多くの失態を犯した自分は、変わるべきなのだろうか。


「はい、ユリウス」
「ああ」
出来るだけ三月ウサギから離れたシートに座り、出された紅茶を渋々飲む。
「ねえ、ユリウスは紅茶のこと分かる?」
残念ながら、と少女に首を振る。
「そっか。点数つけてもらいたかったのに、残念だわ」
少女は本当に残念そうだ。
「やっぱり帽子屋さんとこの料理は、美味しいよな」
エースは緊張感のカケラもなく、サンドイッチを次々に頬張っている。
……ニンジン入りのものを巧妙に避けて。
「ほら時計屋も食べなよ」
「仲間に入れたくないけど、お姉さんとボスが良いっていうから食べさせてあげる」
と、双子の門番が、ニンジンサンドイッチをずいっと差し出してくる。
すると三月ウサギが怒った顔をして、
「あ!おい!時計野郎に渡すんじゃねえよ!それはブラッドのだ!!」
「いやいやいやエリオット。いずれ決着をつける敵とはいえ、ここは中立地帯で、
彼らは私が招いた客だ。ここは積極的に食してもらうべきだろう。ああ、そうとも」
帽子屋が即答すると、三月ウサギは目を見開き、
「……なんて、なんて偉大なブラッド……!畜生……!死ぬほど悔しいがブラッドの
命令なら仕方ねえ……食えよ、時計野郎」
「私もいらん。紅茶だけでいい」
ユリウスはキッパリと拒絶した。
そして絶望に染まる帽子屋の視線を流し、紅茶を一気のみする。
「あはははは!帽子屋さん!俺もいらないからね!」
「……ええと、私もお腹いっぱいだから、ブラッド」
横で笑う少女とエース。
時計広場は日だまりに包まれている。

結局、この少女はこの世界にとどまった。
しかし帽子屋の女になった、というわけでは無いようだった。
あのときの憂いは、単にユリウスの誤解だったのか。
あるいは一度関係を持ったが、どちらかが消極的になり、続かなかったのか。
もちろん面と向かって聞けはしないが。
とにかく少女はこの世界に残った。
ユリウスの汚点の全てを凝縮した余所者は。

「はい、ユリウス。ヨーグルトムースよ」
「ああ」
受けとりフタをあけ、スプーンですくう。なめらかだが甘ったるい。
横ではブラッドが、エリオットのサンドイッチ攻勢にうなだれ、双子はエースに、
門がどうの、迷子がどうのと、何か抗議しエースに笑って受け流されていた。

エースがユリウスの視線に気づき、こちらを向いて笑う。
風に髪をなびかせ、青空のように。
「……っ!」

「ユリウス、どうしたの?顔がちょっと赤いわよ?」
「……ひ、久しぶりに外に出て、日に焼けただけだ」
「ああ、やっぱり!だから言ったじゃない。もっと外に出ないとって」
「…………」
真に受けられ、しばし返答に窮する時計屋だった。
「それでね、この間、帽子屋屋敷でね……」
にぎやかな時間が続く。
帽子屋ファミリーの者たちや部下との、馬鹿なやりとりを聞き、少女の話に適当な
相づちを打ち、ありえない光景に目を丸くする顔なしたちの視線を流し。
ユリウスは空を見上げ、少しだけ笑った。

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