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■告白・上

そして×時間帯後。

「うう、気持ち悪い……」
ユリウスは口を押さえ、吐き気をどうにかこらえる。
「ほら、しっかりしろよ。会場内で吐いたら国中の笑いものだぜ」
エースのペースにつられてしまった。
しっかりと飲み過ぎ、ユリウスは肩を支えられ歩いていた。
「自分の限界くらい分かるだろ?だらしないなあ。部下として情けないぜ」
――おまえが横でガバガバ飲み続けるからだろうが……。
八つ当たり気味に考えるが、口を開けた瞬間に戻しそうで言うに言えない。
そしてユリウスはエースに支えられ、誰に注目されることもなく会場を後にした。

もう一度だけ振り向いたとき、あの少女はまだ使用人と楽しそうに踊っていた。
誰も誘わないのだろうか、とユリウスは少しだけ不思議に感じた。

…………

夜空は星々がきらめき、少し離れた城からは優雅な演奏が聞こえてくる。
「はあ、はあ……」
……そしてユリウスはというと、女王自慢の薔薇園の一角で、どうにか胃を正常に
した後だった。
「本当に、だらしないよなあ。ほら、水を持ってきたぜ」
「……すまん」
近くの噴水からエースが戻ってくる。
手袋を取った両手に水をすくってきていた。
ユリウスはそれに口をつけ、口をゆすぐ。
「はあ……」
ようやく人心地がつき、ユリウスは草むらの上に座る。
「はは。本当に、目が離せないよなあ」
手を洗ってきたエースも横に座り、馴れ馴れしく肩に手をかけてきた。
――何で、こいつは酔った素振りもないんだ?
顔色一つ変えず、夜風に目を細めるエースを見た。
「ん?」
目が合うと笑い、手をこちらの頬にやって顔を近づけてくる。
「おい、エース」
さすがに場所が場所だ。顔をしかめると、
「大丈夫、大丈夫。こんな離れた場所、誰も来ないって」
予想通りの返事だった。介抱してもらった手前、あまり無下にも出来ない。
口づけくらいなら、と仕方なく目を閉じると、暖かいものがそっと重ねられる。
「……ん……」
暖かい。風の暖かさ、そよぐ薔薇、遠く響くオーケストラ。
そして自分を包み込む――殺気。

「っ!!」

反射的にエースを突き飛ばし、後ろに下がった……つもりだったが、泥酔からろくに
回復していなかった。ユリウスは、足がもつれ、背中から転んだ。
「……くっ!」
起き上がろうと目を開けると、目の前に剣がある。
いつ取り出したのやら、正装のエースが、片膝をつき、剣を喉元につきつけていた。
「……私が、何をしたというんだ!」
「ん?えーと、浮気?」
疑問形で返答してきた。
「ほら、あの子のこと、気にしてただろ?何度もチラチラ見ててさ」
しっかりと気づかれていたらしい。
「……嫉妬深い女か、おまえは!邪推も大概にしろ!!」
「うーん。そうかなあ」
だがエースの瞳は、どこか空虚だった。
ユリウスの言葉を聞いた様子もなく、剣を眺めていた。
彼が自分以上に、多量の酒を摂取していたとユリウスは思い出した。
エースの顔には笑顔がない。迷いもない。
下手に刺激すれば、自分はこの夜に本当に命を落とす。

「やっぱり、上手くいかないのかな、俺たち。ユリウスってすぐに気を移すしさあ」
こちらに全面的な非があるように言われ、ユリウスはムッとする。しかし、
「そもそも上手く行った時期などあったか?」
ユリウスはかなり真顔で聞いてみた。
「んー?そうだっけ?あはは」
やはり酔っているのか、馬鹿は上手く頭が回らないようだ。
だが剣の切っ先にブレはない。
「エース。私が余所者に惚れていないことは、見れば分かるだろう。
何かあると疑いをかけ、剣を向けてくる。おまえとは主従の誓いを立てただろう?
いったい私にどうしろというんだ?×××××か?××××でもすればいいのか?」
言葉が刺々しくなる。自分自身も完全にアルコールが抜けていないのかもしれない。
「うん、うん……そうなんだけどさ……そうなんだけど……」
エースはまだ言葉を選びかねている様子だった。
だが剣の先が震え、今にもユリウスの喉元を抉りそうだった。
しかしまあ、分からないながら、エースの不安の一端は理解出来る。
ユリウスはそっとエースに手を伸ばす。
ビクッと動いたエースの頬は暖かい。
そっとそれを撫でてやり、髪に手をやると、されるがままになっている。
「…………」
ユリウスはまだエースの髪を撫でる。
エースが余所者の到来に激しく動揺していることは、薄々気づいていた。
その余所者に、ユリウスが関心を持っているのならなおさらだ。
――本当に厄介な奴だ。
だが、何と言えばいいのか分からない。
何を言えば、この原因不明な迷いから解き放ってやれるのかも。

エースは剣をつきつけながら、大きな犬のように、撫でるままにさせている。
ユリウスの言葉を待っている。ユリウスはただエースを撫でる。
天に広がる星空は、どこまでも美しい。


どうでもいい話がある。
一人の暗い引きこもりの時計屋がいた。
裏切られ、つけこまれ、振り回され、見下され、侮られ、挙げ句に陰謀に勝手に
荷担させられ、余所者という重大な異分子を招き入れた。

それで何か変わったのだろうか。
数多くの失態を犯した時計屋は、変わるべきなのだろうか。

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