続き→ トップへ 目次 ■さまよえる騎士・下 目を開けると、暗闇の中に赤い瞳が見える。 剣は持っていない。ただ、仰向けに寝たユリウスの首を両手で押さえている。 ユリウスは寝起きもあり、不機嫌に言い放つ。 「おまえのその壊れ方にはうんざりだ。犯すのか殺すのか、ハッキリしろ」 「えー!ひどいこと言うなよ。ユリウス。最近はほとんど合意だろ?」 「……『ほとんど』と言うあたり、多少は自覚があるようで、何よりだ」 首をしめあげる手を感じながら、ユリウスは歯がみする。 「それで、今回は何が気に入らない。あの娘に珈琲をふるまったことか? 部屋に泊めてやったことか?あれは夜の時間帯な上、街で抗争があったからだ。 あんな物騒な中、女を一人で返せるか」 「……ユリウス」 エースがポツリと言う。 「なあユリウス。余所者は好かれるんだろ?そういうのも、ルールだからなのか?」 首をしめあげられ、多少苦しさを感じつつもユリウスは言う。 「ルールは関係ない。好くことも好かれることも法則ではない。 誰だって自分を好意的に見る存在には好意を抱く。どこまで馬鹿なんだ、おまえは」 だがそれでもエースの手は緩まない。手に力を入れながら、独り言のように呟く。 「……トカゲさんのときはまだ安心出来た。トカゲさんは『上手い』みたいだから、 ユリウスもたまに引きずられてたけど、基本的に相手にされてなかったしな」 反論をしたいが、そろそろしゃべることが厳しくなってきた。 「エー……ス……はな、せ……」 エースの表情は、闇にまぎれて見えない。ただしめる力だけが強くなる。 「これ、もしかして嫉妬なのかな。 はは……三月ウサギのときとは比べものにならないぜ。 俺だってあの子が好きだ。でもあの子が好きなユリウスは好きじゃない。 二人は、俺を仲間に入れてくれないしな」 ……テント置き去り事件を未だに根に持っていたのか。 「なあ、ユリウス。ユリウスはいつになったら、俺だけを見てくれるんだ? あの子を殺したら、また別の誰かに気を移すのか? 引っ越しが起きてユリウスとトカゲさんが再会したら、また流される? トカゲさん、引いたように見せかけただけで、多分巻き返しを狙ってるぜ?」 余計なことまで言い、こちらをうかがっている。 「そんな……こ……とで……」 苦しい。酸素を求め、肺が爆発しそうだ。 「殺したくなるさ。俺には重要なことなんだ」 「ぐ……」 さらに締められ、もう返答すら出来ない。 「ずっと思ってたんだ。ずっと……片時も考えないことはなかった。 ユリウスさえいなければ、俺は解放されるんじゃないかって」 まあ、そうだろうなとは思っていた。 愛をささやこうが、激しく抱こうが、常に殺意と同居。 余所者の少女を笑えない。自分も薄氷の上の命だ。 ――楽になる……か……。 途切れそうな呼吸の中で思う。 縛ることで生まれる絆もあれば、そこから出ようとあがくこともあるのだろう。 だがなぜだろう。 胸の時計が痛む。 張り裂けそうなほどに悲しい。 分かってはいたが、聞きたくはなかった。 こんなに苦しいのは、きっと殺されかけているせいだ。 エースの手は緩まない。 もしかすると今度こそダメなのかもしれない。 エースが変わらない限り、これからも命の危険と隣り合わせだ。 そんな男をなぜ選んでしまったのだろう。囚われてしまったのだろう。 そして……ゆっくりと手が離れる。 エースの手が。 瞬間、ユリウスは激しく咳き込んだ。肺が空気を求め、激しく活動する。 「ゲホっ……はあ、はあ……」 生理的な涙をぬぐい、肩を大きく揺らし、一命を取り留めたことに安堵する。 「エース……」 殺す寸前までやらかした男は、悪びれなく笑っている。 「前に言っただろ?次に浮気したら殺すって」 「殺していないようだが」 当分は首に布でも巻いて過ごさなければいけないが。 「うーん、それはやっぱり愛のなせる技かな?俺って一途だよなあ、本当」 「この馬鹿が……」 渾身の殺意をこめて、睨みつける。 それでもエースは笑う。 最初に会ったときと、寸分違わぬ笑みで。 4/5 続き→ トップへ 目次 |