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■さまよえる騎士・上

夜も更けた時計塔の作業場でユリウスは床に座り、ため息をつく。
「はあ……」
首筋につきつけられた剣をうっとうしく思いながら。
エースは、ユリウスに非難の視線を向ける。
「ひどいぜ、ユリウス。俺だけ仲間外れにして、あの子といちゃつくなんてさ」
「もう何十時間帯も前の話だろう。あいつならとっくに、帽子屋屋敷に帰って姿を
見せていない。おまえは勝手に道に迷っていただけだろう」
というか、エースを放って逃げたことなど、言われるまで忘れていた。
すると剣をつきつけたまま、エースはこちらに顔を近づける。
「なあ、ユリウスってさ、あの子のことが好きなのか?」
「いや」
即答した。するとエースは首をかしげ、
「そっかそっか。なら……別にあの子を殺してもいいよな」
「エースっ!!」
自分で自分に驚くくらい、鋭い声が出ていた。
そんなユリウスに、エースはきょとんとした顔をし……盛大なため息をついた。
「はあ、俺って本当に不幸な騎士だぜ。三月ウサギに、トカゲさん。次は余所者?」
「……何の話だ」
するとエースは咎めるような顔でユリウスに、
「ユリウスの浮気癖だよ。俺という一途な恋人がありながらひどいぜ」
「…………」
確かに一途は一途だが、一途すぎてストーカーじみている。
「エース。余所者のことは仕方ない。ああいう風に好かれるのが特性なんだ」
「何?好きになるのも仕方ないってこと?それ、本っ当に浮気野郎の言い訳だぜ?」
「う……っ」
正論に言葉をつまらせると、さらに剣がつきつけられる。
もう薄皮の一枚にも食い込んでいるかもしれない。
「真面目に聞くぜ?ユリウス。俺は、ユリウスの何?」
「部下だ」
「他は?」
「ない。おまえはただの部下。それだけだ」
目をそらさずに、まっすぐ答えた。
「ふうん……」
一瞬、ユリウスは本当に自分の首が落ちるのではないかと思った。
だが立ち上がってエースはスッと剣を引き、鞘に収める。
そして片膝を床につくと、ユリウスの頬に手をやる。
「俺は愛してるぜ、ユリウスを。誰よりも、誰よりも、な」
それを聞き、ユリウスは嫌悪に吐き捨てる。
「おまえの方がよほどタチが悪い。見え透いた嘘をつくな」
「あ?バレた?」
エースは笑う。
そしてユリウスの服に手をかけた。

…………

宵闇の中でユリウスは、半裸のままうとうとする。
いつもより手ひどい抱かれ方だったが、最近は慣れてしまっていた。
傍らの騎士の肌の熱、抱き寄せる腕、時計の音。全てが眠気を誘う。
「な、ユリウス。彼女のこと、殺してあげよっか?」
横から騎士の声がし、不機嫌を呼び起こされる。
「…………」
「ああ、そんな顔するなって。だって、余所者だろ?ルール破りだ。
あ、ついでにペーターさんも殺しておいた方がいいかな?」
相手をしないことには、叩き起こされそうだったので、渋々答える。
「仕事を増やすな。あの白ウサギはルールを破ったのではない。乱しただけだ。
ペーター=ホワイトにはいずれ相応の制裁を課すが、まだ罪には問えない。
あの余所者も同様だ。手を出すな」
「そっか。なら良かったぜ。俺、ペーターさんもあの子も好きだし」
ユリウスを抱き寄せ、エースは笑えないことを言って笑う。
「あ、もちろん。一番はユリウスだからな!」
そしてユリウスをさらに抱き寄せ、顔を近づける。
「言い訳になっていないだろう……」
――自分が殺したいからと言って、私を巻き込むな。
目を閉じ、口づけを受けながら、ユリウスは眠い頭で、そう思う。

…………

時計修理から顔を上げると、寝息が聞こえた。
「…………」
いつ来たのか、まったく気がつかなかった。
余所者の少女が、また時計塔に来ていた。
あいさつをしない少女ではないから、こちらが気がつかなかったのだろう。
この前来たときに貸した本を膝の上に置き、ソファでうとうとしていた。
ユリウスは声をかけたものかと迷い……窓の外を見る。
外は夜の時間帯になっていた。街の方から散発的な銃声と爆音が聞こえる。
――仕方がない……。
ロフトベッドから上掛けを引きずり下ろす。
そして少女のところに持っていき、かけてやろうとして――
「あ」
少女がパチッと目を開けた。最初寝ぼけ顔だった少女はユリウスを見、それから
上掛けに視線を落とし……照れくさそうに、
「あ、ええと、もしかして、私に毛布をかけてくれようとしたの?」
そう言われて慌てた。
「……っ!ち、違う!そんなわけはないだろう!そんなことをする義理があるか!
ただ!おまえが何もかけないで寝て、風邪を引いたら帽子屋屋敷からどんな因縁を
つけられるか分からん!それだけだ!か、勘違いするなよ!」
必死に言い繕うユリウスに、少女はクスクス笑う。
自分の命が薄氷の上にあるとも知らないで、気楽なものだ。

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