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■共にある日常

そしてしばらくして。
ユリウスは時計塔の窓から、遠ざかるエプロンドレスの少女を見送る。
彼女の進む方角には、帽子屋屋敷があった。
今からでも止めるべきだろうか。
逡巡したが、結局ユリウスは作業台に戻ることを選んだ。
余所者の少女。少し話したが、可愛げのカケラもない女だった。
あの女自身に罪はないとはいえ、自分が被った諸々の迷惑の元凶の元凶だ。
引き止めて時計塔に居つかれても困るし、どうせすぐに帰る。
……あるいは殺される。
二度と会うとも思えなかった。
それでもなけなしの罪悪感に苛まれ、何度かユリウスは窓の外を見る。
そして帽子屋屋敷の方角から、聞こえるはずのない銃声が聞こえるのを待った。

…………

…………

久しぶりに現れた騎士は笑っている。しかも時計を回収してこなかった。
「クビだ!今すぐ出て行け!」
激怒したユリウスは、赤いコートの胸ぐらつかんで怒鳴ってやる。
「あはは!」
「最長記録だ、馬鹿者!どれだけ私の仕事に支障が出たと思っているんだ!!」
「あははは!」
「おまえという奴は、本当にどうしようもない!考え無しで、いい加減で――」
「あはははは!」
ガミガミガミと怒鳴るが、馬鹿はこたえた様子もない。
そして。
「……二人って、仲がいいのね」
部屋のすみで珈琲を飲んでいた少女が、ポツリと言った。

「どこがだ!!」
「いやあ、分かってるよな、君。あははは!」
エースは上機嫌で、ユリウスの手を襟元から離す。そしてくつろぎ顔の少女に、
「そういうわけで君も協力してくれよ。引きこもりのユリウスを散歩させようぜ!」
「な……っ」
とんでもない、と思った瞬間に少女はニヤリと邪悪に笑い、立ち上がった。
「ええ、いいわよ。珈琲のお礼もしたいしね」
「礼をしようと思うなら、この馬鹿を連れて出て行ってくれ!」
けれど少女は馴れ馴れしくこちらに腕にしがみついてくる。
「じゃ、行きましょう、ユリウス!」
拒否出来ない笑顔で見上げてくる。
そして逆の腕をエースが取り、
「女の子の誘いを断るなよー、ユリウスー。
まあ、俺とこの子だけで出かけてもいいけど……彼女の無事は保証出来ないな」
「…………」
エースという男は、男『だけ』というわけではなく、両刀の気があるらしい。
知りたくもないし知ったところで、激しくどうでもいいが。
「え、えーと、ユリウス……?何か怖いわよ?」
陰鬱なユリウスの空気を感じ取ったか、少女は少し怯えた顔だった。
逆側からはエースが耳元に、
「大丈夫、大丈夫。俺はユリウス一筋だって!
例えこの子を愛したって、捨てたりしない!両方平等に愛するからさ!」
ツッコミどころしかない発言をした。
――エース!こいつに聞こえたらどうするんだ!
エースをにらみつけるが、やはり余所者の少女が『仲が良いのね』と笑っていた。

あの少女は生き延びた。
帽子屋屋敷に滞在し、なぜかちょくちょく会いに来るようになった。

…………

「はい、ユリウス。サンドイッチを作ってみたの」
「ああ」
ユリウスはうなずき、きれいに切られたサンドイッチを受け取る。
結局二人に押され、連れ出されてしまった。
丘の上にシートを敷き、少女と……大の男二人でピクニックときた。
花の咲く草の上に、笑うエプロンドレスの少女は可愛らしい。
が、黒い服の自分と目に痛い赤のエースは明らかに浮いている。
ハムとレタスを挟んだサンドイッチを食べながら、そう思う。
「ねえ、ユリウス……」
隣の少女が少し声を低くして言ってくる。
「エースのあれ……」
ボソリと言う。全て言わせる前に鋭く、
「見るな。寄るな、触れるな、口にするな……巻き込まれるぞ」
「う、うん……」
「キャンプ!三人でキャンプっていいよな!」
嬉々として、昼間からテントを張り出すエースを、少女は見ないようにしていた。
ユリウスもエースを完璧に無視して、少女に話しかける。
「私に会いに行くと、帽子屋がいい顔をしないのではないか?」
「ユリウスったら、またそんなこと言って……」
何がどう『そんなこと』か分からないが、少女は顔をしかめる。
「だが事実だろう。私は時計屋で、奴らはマフィア。
行き先を告げれば、決していい顔をされはしないだろう」
「…………」
実際に忠告を受けたのだろうか。少女は少し考える顔になった。
そしてこちらをまっすぐに見る。
「友達に会うのを止めろと言われても、納得が出来ないわ。
ユリウスは、私が来るのは迷惑なの?」
「…………いや」
痛みを感じるはずのない時計に、小さな痛みを覚えた。
――……はあ……。
余所者は好かれる。
なぜなら、余所者が好いてくれるからだ。
放っておいても余所者に好意を示される。『役』の隔てなく親切にしてもらえる。
例え汚れたネズミだろうと、彼女は等しく微笑む。
出会う前から、余所者とこの世界は相思相愛の関係にある。
だからこそ、余所者はやってくる。愛し、愛されてしまう。
ユリウスにとっては、秩序を乱した許せない存在だというのに。
「ユリウス……?」
そでを可愛らしくつかむ少女。その手を離せない。
ユリウスも例外ではない。ろくに話もしないうちから、勝手に懐かれた。
初対面では怒鳴りつけ、冷たい対応しかせず、挙げ句の果て見捨てたというのに。
彼女は時計屋を嫌いもしない。根に持たず、気に留めていない。
それどころか『ユリウスって放っておけないもの』と笑って会いにくる。
無邪気に慕ってくる。邪険に出来ない。嫌いに……なれるワケがない。

「おーい!二人とも!テントを張ったぜ!さあ、入った入った!」
草むらの向こうではテントを張った騎士が誇らしげだ。
ちなみに、ここはごく近所の丘で、時計塔は目と鼻の先に見えている。
「ねえ、ユリウス。どうする……?」
昼食を片づけ終えた彼女が、おずおずと見上げてくる。
「逃げる。決まっているだろう」
きっぱりと即答した。他に答えられるわけがない。
「じゃ、時計塔まで一緒に走りましょうか」
少女の目が楽しそうに輝く。
「ああ」
ユリウスも立ち上がった。そしてピクニックの荷物をまとめ、
「せーの!」
彼女の声とともに走り出す。
「あ……!ち、ちょっと待ってくれよ二人とも!
せっかくテントを立てたんだぜ!おーい!仲間外れにしないでくれよ!!」
焦ったようなエースの声を少し爽快に聞きながら。

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