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■真相

「……つまり、貴様が全ての黒幕だったということか!!」
時計塔の長い長い階段の半ば。
どうにかつかまえた白ウサギをしめ上げると、下手人はアッサリと吐いた。

「そこまで暗躍してはいませんよ。
思い出したときに、妨害や工作はちょこっとしましたけどね」
白ウサギは赤い瞳に狂気をたたえ、悪びれもせず言い放つ。
ユリウスはスパナを瞬時に銃に変え、白ウサギの首筋に押しつけながら言う。
「話してもらおう!私の目を時計塔からそらし、あの余所者の女を引き入れるため、
おまえは今までどこまでの策を弄した!!」
ニヤニヤと笑いながら白ウサギはとぼける。
「さあ……長い長い作戦でしたからね。僕自身も、何をやったのやら」

「……三月ウサギの友人は、おまえが始末したのか?」

なぜかそんな質問が出た。
そして返答は残酷なほど、アッサリ返ってきた。

「当たり前です。そうなれば時計の引き渡しをめぐり、あなたと三月ウサギがもめる
のは必然でしたからね。恐ろしいくらいに簡単でした。
たった一発の銃弾で、あなたと三月ウサギの薄い友情は永久に瓦解した」

ユリウスは数秒間、白ウサギの言葉を吟味した。
「つまり、私と三月ウサギが懇意になるのを妨害するために……?」
「そうです。三月ウサギとあなたが近づけば、それだけ時計塔の守りが堅くなる。
僕は心配性のウサギさんなので、不安要素は排除しておきたかったんですよ」
「エースはどうなんだ。奴が私に近づくことは、なぜ妨害しなかった」
ペーター=ホワイトは狼狽する時計屋をせせら笑う。
「エース君は不完全にせよ、僕の陣営でしたからね。ある程度のコントロールは可能
です。道に迷いっぱなしだから時計塔から引き離すのも容易だ」
確かに、三月ウサギと再会したとき、エースは不在だったが。
「……自陣の手駒が減り、私の戦力が増強すること自体は構わないと?」

「ええ。要は『ナイトメアの協力』と、彼女を呼ぶ際の『時計屋の不在』。
僕の愛しい人を呼ぶためには、たった二つの条件さえ揃えば良かった」

「…………」
白ウサギは、力の抜けたユリウスの手から身体を解放し、服のホコリをはらう。
「時計屋ユリウス。誤解しているようですが、僕は三月ウサギとちがって、あなた
自身に悪意はありません。いや、悪意どころか一片の関心もない。
ましてエース君がどこに行こうが、僕の知ったことではありません」
本当にそうだろうか。気にくわない軍事責任者がよそに行き、時計屋が苦しむ姿が
愉快で故意に放置したのではないか……。
ユリウスはそう思ったが、墓穴を掘る真似は出来ない。
白ウサギの態度から、男同士の関係に気づいているか判断出来ないからだ。

「他には?私がエースと会ったあの国では、本当に何もしていないのか?」
「もちろんです。作戦において最重要なのは夢魔の協力です。あのときは、まだ彼の
承諾が得られておらず、彼女を呼ぶには時期尚早と分かっていた。
余計なはかりごとはしていませんよ」
「芋虫の協力か……」
「ええ。彼女を呼び、惑わし、一生ここにいてもらうため夢魔の協力は不可欠です。
ただ、あれはあれで説得が厄介でした。
おかげで、次の国ではあなたに、ちょっかいをかけるヒマもありませんでしたね」
ユリウスは思い当たることに気づき、声を低める。
「……待て。なら、あの国で芋虫の職務放棄がひどかったのは……!」
「僕が呼んでいたからです」
……エイプリル・シーズンのその前の国。
クローバーの塔では、職場放棄をする芋虫に、トカゲはストレスを抱えていた。
それが時計屋への気色悪い恋情に発展した。
しかも事態はそれにとどまらず、夢魔不在のため塔周辺部の治安が急速に悪化。
一時は塔に不穏分子が攻め込み、ユリウスも間一髪だった。
ユリウスどころかトカゲまで、この陰謀の陰なる犠牲者だったわけだ。
「僕は良いウサギさんですからね。
夢魔の協力を取り付ける以外は、特に何もしませんでしたよ」
そして、三月ウサギはユリウスへの憎悪を勝手につのらせ、時計破壊に至った。
エースはユリウスにつきまとい、煽られてトカゲの執着もひどくなった。

白ウサギはすまして笑った。
「愚かな時計屋。僕がしたことなんて、ごく小さなことです。
三月ウサギをあなたと結託させたくなくて銃弾を撃ち、イカレ帽子屋に偽の証拠品を
回した。あとは夢魔の説得のため、彼を長時間帯、夢の空間に引きずり込んだ程度。
ね?黒幕というほどでもないでしょう?」
自分に酔っているかのような顔で言い放つ。
やはりというか、証拠品までこいつのしわざだったのか。
「だが、白ウサギ!被害は甚大だ。何百、何千という時計が犠牲になっている!
そこまでして、なぜ余所者を引きずり込んだ!
あの余所者は何者だ!?何か特別な力でも持っているのか?」
すると、先ほどとは比べものにならないほど陶酔しきった顔で、白ウサギが言う。
「彼女は……ごく普通の女性です。ですが僕の全て。僕だけを見、愛してくれる。
彼女が僕と同じ世界にいてくれるなら、ルールなどなくても僕は生きていける……」
「――っ!」
冷血宰相とは思えない表情にも戦慄したが、その言葉にも恐怖すら覚えた。
『ウサギは惑い、騎士は迷い、時計屋は混ざる。
このところ、盤上に妙な空気が漂うな……』
いつだったか、帽子屋が言った言葉を今になって思い出す。
「ああ、僕の愛しい人!僕の全て……っ!」
白ウサギは恍惚としたように叫び、歩きだす。
ユリウスは狂ったウサギを止める気にもなれなかった。
階段を下り、遠ざかる背中を、ユリウスは呆然と眺めていた。

なるほど、黒幕とまでは言えないかもしれない。
だが一匹のウサギが狂ったこと。それが、全ての元凶だったわけだ。

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