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■来たる者

「死ね!時計野郎っ!!」
三月ウサギは銃弾を撃ってくる……が、勇ましい割にユリウスには当たらない。
殺意のたっぷりとこもった銃弾は、不自然な軌跡を描いてユリウスからそれた。
ユリウスは微動だにせず、髪を風になびかせ、呆れたように言った。
「馬鹿か。私の立っているあたりは時計塔と時計広場の境。まだ私の領土内だ」
領主がその領土内で無敵なのは、常識中の常識だ。
ユリウスはふところからスパナを取り出し、銃に変える。
「イカレた頭だけは変わらないようだな。ウサギはさっさと檻に戻れ!!」
「俺はウサギじゃねえ!!」
激昂した三月ウサギがさらに撃つ……が、もちろんユリウスには当たらない。
そしてユリウスもまっすぐ三月ウサギに銃を向けたが、
「当たるかよっ!」
弾丸は、寸前で三月ウサギにかわされる。
「ちっ……」
ユリウスは何度も撃つ。脱獄しようと罪が減免される道理はない。
時計を破壊し、時間を乱した罪を許せるはずがなかった。
「おまえの牢獄で贖罪をするがいい!三月ウサギ!!」
「てめえがいなくなれ!時計屋ぁ!!」
しかし緊迫感に欠ける撃ち合いなのは事実だった。
三月ウサギの弾丸はユリウスの領域ゆえ、ユリウスの弾丸は三月ウサギの反射神経
ゆえに当たらない。三月ウサギは知ってか知らずかユリウスを挑発する。
「はっ!殺り甲斐のねえ!あんたの犬はどうしたんだ!そいつを呼んで来いよ!!」
やはり直接投獄した相手には、多少は思うところがあるらしい。
「あいつなら不在だ。森だか崖だかをほっつき歩いている」
「はっ!どこの顔なしか知らねえが、時計野郎にふさわしい、薄い忠誠心だな。
やっぱり俺の方がブラッドを尊敬している!!」
「…………」
……未だに、自分を投獄した男の正体に気づかないらしい。
あと、自分の忠誠心が、誰よりも優れているということを見せつけたいらしい。

「……もういい。とっとと巣に帰れ」
会うたびに知能の低下する三月ウサギに呆れ、ついにユリウスは銃を下ろした。
再投獄をするにしろ、エース不在ではどうしても決め手を欠く。
そろそろ仕事にも戻りたい。
「くそ……やっぱり点検した方の銃を使うんだったぜ」
三月ウサギは三月ウサギでよく分からないことを言っている。
そしてウサギは、銃を懐におさめながら、凶暴な笑みを見せた。
「今度、殺しに行く。楽しみに待ってな」
『遊びに行く』と聞き間違えたのでは、と思うくらいに軽い声だった。
今、三月ウサギの瞳にあるのは、部下を使って自分を投獄させた男への憎しみだけ
だった。もう完全な悪人になってしまったらしい。
「おまえを牢獄に送り返すことは困難なようだな。
自分とブラッド=デュプレの身辺に気をつけることだ」
「ブラッドは殺させねえっ!!」
案の定、ブラッドの名前には強烈な反応を見せた。
「『悪い奴』の末路は決まっている。救いを与えようという方が無理な話だった」
ユリウスも嫌悪に吐き捨て、三月ウサギを睨んだ。
やはり監獄収容と生温いことをせず、あのとき処刑させておくべきだった。
だがいくら後悔しようと、三月ウサギは目の前に立っている。

「……殺す。あんただけは、俺がこの手でいつか必ず!」
「おまえの始末は、部下にやらせる。私は仕事で忙しい」

素っ気なく答え、狂ったウサギに背を向ける。
背後から何発か撃たれたが、もうユリウスは三月ウサギに興味がなかった。
時計塔の扉を閉める寸前に振り返ると、三月ウサギは憎悪のオーラをゆらめかせ
ながら、立ち去っていくのが見えた。
逆恨みと自業自得だけで、よくあそこまでの憎悪を生成出来たものだ。
ユリウスは肩をすくめ、時計塔の階段を上がっていった。
そのとき。

――……ん?

ユリウスは階段の中途で立ち止まり、違和感を覚える。
上に、何か妙な気配がある。
誰かが時計塔にいるらしい。
――エースか?
この国になってから、まだ姿は見せていない。
そろそろ会いに来ておかしくはない。
だが、いたらいたで、三月ウサギとの撃ち合いに加勢に来そうなものだ。
しかし、騎士にしては気配が露骨だ。それに何か声も聞こえる。
ユリウスは早足で作業場を通りすぎる。さらに上に向かいながら考える。
――そういえば、芋虫も妙だったな。
わざわざこちらに干渉をかけ、三月ウサギに注意を向けさせた。
今回は三月ウサギとは撃ち合いの順番ではなかった。
それなのに妨害をしないどころか、撃ち合うようにそそのかして来たようだった。
――妙だな……。
違和感ばかりが増殖する。
三月ウサギの処刑も再投獄もままならず、妙な侵入者まで現れる始末だ。
――まったく、どいつもこいつも……。
人を見下し、軽く扱い、時間の定義を守らず、守る気もない。
この世界の狂った連中にはうんざりだ。誰とも関わり合いになりたくはない。
今、時計塔で当分は外に出ず、一人でいよう。
そう暗い決意を固め、ユリウスはさらに階段を上る。
やはり人の気配がある。それも複数。
三月ウサギとの撃ち合いの間に侵入したのだろうか。全く気づかなかった。

上るにつれ、争いの声が聞こえてきた。
それは階段を一歩上がるごとにさらに大きくなる。
女だ。女特有のキンキンした不快な声がする。
どうやら最上階らしい。
ユリウスは不機嫌さも限界に極まり、ついに日の当たる場所に出た。
まず秩序を保つべき場所で騒いだことに文句を言わなければ。
それから、すみやかに出て行けと――

――……な……!?

とんでもないものを目にし、ユリウスはタイミングを失って凍りつく。
ハートの城の冷血宰相、ペーター=ホワイト。
彼が少女を抱き寄せ、口づけしていた。

長い髪をした、青いエプロンドレスの少女だった。

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