続き→ トップへ 目次 ■トカゲとの別れ 作業場の窓からは、昼の光が差し込んでいる。 黙々と時計を修理するユリウスに、エースは飽きることなく話し続ける。 「それで、陛下がカンカンでさあ。でも解放する気はないって、性格悪いよなあ」 「ああ」 「でもペーターさんも何かおかしくて。ユリウスも一度、城に遊びに来いよ」 「ああ」 「あ、そうだ!ユリウス、花見がまだだよな。桜は大分散ったけど、まだきれいに 咲いてるところもあるんだ。今から花見に行かないか?」 「ああ」 「ユリウスー?聞いてるー?」 「ああ」 「俺を愛してる?」 「ああ」 「世界中の誰よりも?」 「ああ」 「前にすっごく嫌がってた×××××プレイ、試していい?」 「ああ」 「…………」 「エース。いきなり何をする。私は時計修理中だ!」 作業台に仰向けに押し倒され、ユリウスは怒鳴った。だがエースは、 「んー?仕事熱心な恋人を褒めてあげようとーと思ってさ」 こちらの頬を撫でながら、微笑む。 「そう思うなら放っておけ!無言で出て行け!二度と顔を見せるな!!」 「あははは、仕事を邪魔されると、怒りっぽくなるよな」 エースは薄ら寒く笑って、ユリウスに口づけた。 どうやら止める気はないらしい。 ガチャガチャとベルトを外され、ユリウスはあきらめて、ため息をついた。 ………… シャワーを浴びた騎士は、上機嫌でローブをまとう。 「それじゃ、仕事に行ってくるぜ」 「ああ」 ユリウスは疲れた顔で椅子に座り、エースを見もせずに時計を修理する。 「あははは。それじゃあな」 と部下は手を振って、扉を開けようとする。 そのときふと、ユリウスは先ほどの不安を思い出した。 「エース」 「ん?」 「気をつけろ。帽子屋ファミリーが報復に来る可能性が高い」 「ふうん。じゃあユリウスのところにも刺客は来てるのか?」 エースも刺客を送られているらしい。 「いや、私はほとんど外に出ていないから実害はない。 トカゲがかなり捕まえたそうだ。ほとんどがハートの城の手の者だった」 ジロリとエースを睨む。 「あはははは!恥をかかされたからって、ペーターさんも陛下も忙しいなあ」 恥の大元が大笑いする。しかし味方同士で、こうもつぶし合おうとするとは……。 「だが奇妙なことに、帽子屋ファミリーからの刺客は確認されていない。 ハートの城の刺客を装った可能性もあるが……」 「うーん、でも、こっちの方にも帽子屋さんからは何も来てないぜ」 エースの言葉にユリウスは修理の手を止め、腕組みする。 腹心を監獄に盗られ、帽子屋ファミリーが何もしないとは思えない。 「エース。奴らがしかけてくる可能性はあると思うか?」 軍事責任者に意見を求める。 仮にそうだったら、トカゲと対策を練らなければならない。 季節の終わりに面倒極まりないことだ。 しかしエースは首をかしげる。 「どうかな。街じゃマフィア同士の抗争が増えてるらしいぜ。 だって三月ウサギは役持ちだし、名実共に2になりかけてたからね。 だから、抜けた穴も大きい。そこにつけこんで対抗勢力が、一気に攻め込んでいる。 しばらくは、こっちを攻撃する余裕はないんじゃないかな?」 クローバーの塔は守りが頑丈だからね、と肩をすくめる。 ユリウスも、エースにうなずいた。ハートの城の軍事情報網なら信頼がおける。 「そうか。それならいいが」 マフィア同士がつぶしあっているなら、かまわない。 だがあのブラッド=デュプレが、何もしないことはありうるだろうか。 「それじゃあ、な」 今度こそ、エースが手を振って扉を開ける。 「あ、ああ」 ユリウスも我に返った。エースは扉の前で手を振っている。 「ユリウス。後でな」 「フン、うっとうしい。さっさと出て行け」 エースは笑って、扉の向こうに消えた。 小さい音を立てて扉が閉まると、かすかな寂しさが胸をつく。 しかしユリウスはため息をつき、時計修理を再開させた。 ………… クローバーの塔の会議場では、またも馬鹿馬鹿しい話し合いが行われていた。 議長席に立った夢魔は聴衆を見回し、堂々たる態度で宣言した。 「それでは、会合を行う。私は議長のナイトメア=ゴットシャルク。 これから長い会合になると思うが、よろしく頼む」 「良い調子です、ナイトメア様!」 グレイは顔を輝かせ、主人を激励する。 「そうだろう、そうだろう!では一回目の会合だ。まずは全体における意気込み、 今後の展望について、議長より述べさせてもらう」 「その調子です!素晴らしいですよ、ナイトメア様!」 「……実際の会合でも同じように出来るといいがな」 すると主従がピタリと黙り、前列に一人座るユリウスを睨みつけた。 「非協力的だな、時計屋。せっかく会合のリハーサルに呼んでやったのに」 「誰も頼んでいないだろう、芋虫。それに本番で緊張するなら意味がない。 トカゲが是非にと頭を下げるから来てやっただけだ」 いろいろトカゲに当たられたユリウスは、トカゲを冷たく睨む。 すると塔の補佐官は困ったような顔で、 「なあ時計屋。そう言わずにつきあってやってくれ。 次の次の国ではまた会合が始まるんだ。 まだ時間的な余裕があるうちに、ナイトメア様に慣れていただかないと」 しかし聴衆は二人、しかも顔見知り同士ではリハーサルも何もない。 「よし!それでは演説を続ける!心して聞けーい!」 「はあ……」 懇願するトカゲと調子づく夢魔に、ユリウスは深く深くため息をついた。 そしてやおら立ち上がる。 「つきあってられるか、私は仕事に戻るぞ」 「おい、時計屋!」 「時計屋……頼むから」 「知るか。塔の職員でも呼べばいいだろう」 ユリウスはさっさと会議場を突っ切り、扉に手をかけた。 「時計屋」 ふいにトカゲが声をかけてきた。 「何だ?」 不機嫌に振り向くと、 「……また、ココアを差し入れに行っていいか?」 グレイがそう言った。 「ああ、もちろんだ」 ユリウスはすぐに肯定する。 「――っ!」 するとトカゲの顔が輝いた。 暗闇の中にほんのわずかな光を見いだしたかのように。 そして打ち解け始めた頃のように、顔を赤くし、ぎこちなく微笑んだ。 「またな、時計屋。死ぬなよ」 「ああ……トカゲも達者でやれ」 そして視線が一瞬だけ交錯し、二人はそれぞれの世界に視線を戻す。 トカゲは主人の夢魔に。 時計屋は扉の向こうの作業場に。 後ろ手に扉を閉める前に『だから言っただろう、グレイ。時計屋は押しに弱いから、 次こそ押して押して押しまくってだな……』とデリカシーのないアドバイスをして いるのが聞こえた。 ユリウスは扉が閉まるまで、振り向かなかった。 ただ一言、最後にポツリと言った。 「……世話になった」 トカゲの鋭い耳は、拾っただろうか。 爬虫類の聴覚は意外に発達しているものだ。 3/5 続き→ トップへ 目次 |