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■時計屋の回想

――また少し空気が暖かくなってきたな。

時計屋ユリウスは窓辺に立ち、珈琲を飲んでいる。

あれからさらに時間帯が経った。
ユリウスの、サーカスでのケガは完全に治った。
投獄の際に発生した大量の時計も修理し終え、身辺には平穏が戻っている。
そしてエイプリル・シーズンもゆっくりと終わりを迎えている。
雪祭りの作品は溶けて消えるか、陽気で倒壊する前に壊された。
クリスマスの飾りも汚れたものから取り外され、数えるばかりになっている。
ユリウスはまた珈琲を飲む。
――静かだな……。
平和そのものとしか言いようがない。
罪人を捕まえたことで、時計屋の権威は保たれ、また強力な部下が出来たことを、
(例え、誰もが見て見ぬフリをするにしろ)国中に知らしめることが出来た。
塔での扱いは多少重くなり、歩けば顔なしたちが道を空ける。
街に出ても、こちらに聞こえる声音で噂話をされる、ということは無くなった。
まあ陰で言われている悪評は、さらにひどくなっているのだろうが。

トカゲはあれ以来、本当に自分を口説くことはなくなった。
時には暴力に近い強引さで迫ってきたものだが、エースを部下にしたことが、予想
以上に打撃だったらしい。
……その代わり、現在のトカゲは、以前に比べ、格段によそよそしく、いや刺々しく
なった。まさしく宣言通りだ。一朝一夕には心の整理がつかないだろう。
初対面時の方がまだ愛想が良かったかもしれない。
しかし向こうに言わせると、トゲトゲしくなったのはこちらの方らしい。
言われてみれば、よそよそしくなったトカゲに、冷たく対応したかもしれないが。
――はあ……。
現実は物語のように、きれいに別れられないものだ。
トカゲが完全に自分を忘れるまで、しばらくは耐えるしかないだろう。
そしてまた珈琲を飲む。

馬鹿はあれ以来、姿を見せない。
本拠地で懲罰的に酷使されているか、単に迷っているか。
ユリウスは知りたいとも思わない。
まあ、あれとはそのうち再会するだろう。
全ては大団円ということか。

――しかし、これで本当に終わったのだろうか。

ユリウスはふと、今までのことを思い返してみる。
陰気な時計屋が、壊れた騎士と出会った。
三月ウサギと良好にやっていた。
だが彼の友人が亡くなり、その時計の引き渡しをめぐって仲違いした。
騎士とは引っ越しで引き離され、クローバーの塔でトカゲと出会った。
帽子屋の奸計で、三月ウサギの友人を殺した犯人に仕立て上げられた。
それで三月ウサギの憎悪を買い、時計を破壊され、ウサギはマフィアになった。
そしてエイプリル・シーズンに突入し、騎士と再会。
人手不足の折り、やむを得ず騎士を部下にした。
時計を破壊した罪人を捕らえ、トカゲとも関係を終わらせることが出来た。

――何なんだ?この違和感は。

悪人は成敗され、罪人は投獄された。
物語なら大団円に突入してもいい。
だが、まだ何か残っている気がする。
それが何なのか、ほどなくユリウスは思い出す。

――そうか。三月ウサギの友人を殺した犯人、か。

それだけがスッキリしない。
生前、一度も会ったことがないが、全てはその男(女?)の存在から始まっている。
その友人が死ななければ。三月ウサギはユリウスの部下になっていた。
三月ウサギが時計屋と仲違いし、マフィアに入ることもなかった。
その間に、エースにつけこまれることもなかった。
三月ウサギの憎悪とは比べものにならないだろうが、冤罪をかけられたユリウス
だって、間接的に迷惑を被っている。
――まあ、もはやどうでもいいことだが。
前の前の国でのことで、状況もほとんど分からない。犯人を捜すのは不可能。
――それとも犯人はやはり、帽子屋かエース、なのか?
エースに聞いてもいいだろうが、やったとして、覚えてもいないだろう。
帽子屋もどうなのだろう。
いくら部下にするためとはいえ、部下の唯一無二の親友に手をかけるのは、本当に
あの優男のやり方なのだろうか。奴ならもっと上手くやらないだろうか。
――考えても仕方がない、か。
ユリウス自身も忘れかけていたことだ。
子供ではあるまいし、全ての疑問に答えを探すほどヒマではない。

ユリウスは堂々巡りの思考を諦め、空になった珈琲カップを片づけた。
季節の終わりを前に、抗争も落ちついてきているのか、持ち込まれる時計は少ない。
作業台の時計もたった数個だ。
ユリウスは作業台につき、愛用の眼鏡をかける。
そして精密ドライバーを片手に最初の時計に触れようとして――。

「…………」

扉の外から、甲高い金属音を聞いた。


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