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■投獄

「そんな……っ……嘘、だろ……」

三月ウサギの目から、みるみる憎悪が抜けていく。
「そんな……そんな……」
容赦せず、ユリウスは叩きつける。
「もう、おまえの親友の全てはこの世界に残っていない。
何もかもが無駄だったな。残されたのは大罪だけだ!」
「……俺は……ただ、あいつを……」
時計を見ただけで戦闘意欲を失ってしまう。
同じ経験のないユリウスに、三月ウサギの動揺の根源は分からない。
本当に自分のしたことは無意味だったと虚無に陥ったのかもしれない。あるいは、
時計を見せつけられることで、親友の死がフラッシュバックしたのかもしれない。
どうでもいい。奴から戦闘の意志が失われた。それだけで十分だ。
ユリウスは再び、サーカス中に響く声で叫ぶ。

「あいつを捕らえろ、処刑人!!」

そしてエースが顔を上げる。
その顔には生気がみなぎり、血色が戻っていた。
「ああ!」
そして、エースは瞳から光の失せかけた三月ウサギに飛びかかった。

「てめえ!!」
だが三月ウサギも本能なのか、銃を放ち、牽制する。
とはいえその動きも狙いも、同じウサギとは思えないほど威力が落ちていた。
エースは軽々とその銃弾をかわしていく。
「――く……っ!!」
だがユリウスものんびりと見ていられない。
銃を取り出し、撃つ。
狙いを定めているわけではなく、四方八方に撃ちまくった。
自分とエースを守るためだ。なぜなら、三月ウサギの負けが確定したことで、会場の
妙な緊張は雲散霧消していたからだ。
帽子屋ファミリーの者たちは銃を取り出し、こちらを狙っている。
「葬儀屋を始末しろ!!」
「余興を台無しにしやがって!」
とワケの分からない怒声があちこちから聞こえ、こちらに銃弾が放たれる。
「ユリウス!もう十分だ。客席に戻ってくれ!」
エースがこちらに呼びかける。
「断る!」
ユリウスは貧弱な勘の命じるまま、避け、反撃し、身体を守った。
「時計屋!!すぐ行く!!」
どこかで誰かが叫ぶ声がした。
だがスポットライトのまぶしい光で見えない。
「不要だ!おまえは、そこで主人を守っていろ!」
ユリウスはその方向に怒鳴った。そして、銃声の中、小さな声で呟く。

「私は、こいつといる」

銃声の中で聞こえたとは思えない。
だが、エースには聞こえたようだ。
三月ウサギと戦いながらこちらを向き、かすかに笑った。

「う……っ!」
そしてユリウスの腕を銃弾がかする。よろめいた隙に、脇腹を何かがえぐる。
痛みはない。ただ、少し熱い感覚がしただけだった。
――……くそっ!
止血はしない。そんな余裕もなかった。
ユリウスは血を流れるにまかせ、ただひたすらに撃ちまくった。

そして永遠にも思える数秒間の後。
「はあ、はあ……捕まえたぜ」
仮面の男が、三月ウサギを地面に取り押さえたのが見えた。
三月ウサギの銃が地面を転がり、遠くに蹴られる。
エースは反撃出来ないよう、利き腕を掴む。
そして這いつくばらせるように押さえつけた。
三月ウサギはもう、抵抗一つしようとしない。
虚ろな瞳で、ユリウスの持つ時計を凝視していた。
――こいつが、あの三月ウサギか……。

銃弾を避けながら、ユリウスは一瞬だけ、三月ウサギの時間が戻った錯覚を覚えた。
まだ彼がユリウスに好意を抱いていた頃。
色鮮やかに自分に笑い――そして親友の死に絶望していたときのことを。
「ユリウス!!」
正気づかせるようにエースが叫ぶ。笑いのない鋭い声だ。
逃げろと言っているのか、何とかしろと言っているのか。
だが返事をする前に――ユリウスは膝をつく。
「ユリウス!!」
思ったより出血量が多かったらしい。
――まったく、私という奴は……。
動きの止まったところを、一斉に的にされる前に。
何とかユリウスは叫んだ。
「三月ウサギ……時計破壊の大罪により、おまえを投獄する!!」

そのとき瞬間、視界が暗転する。
何が起こったのか。もしやついに命脈尽きたかとユリウスが慌てたのは一瞬。

再びスポットライトがついたとき。
目の前にあったはずの三月ウサギの姿も、処刑人の姿もなかった。その代わりに、
「時計屋!おまえ、いつの間に……!」
立ち上がっていたトカゲが、驚愕したようにこちらを見下ろす。
だが驚いたのはこちらも同じだ。
トカゲは、主君をどうにか安全な場所に隠し、ユリウスを助けに行くところだった
らしい。しかしそのユリウスは、どういう力なのか、客席に戻されていた。
そして道化の声が遠くに響く。
会場には、いつの間にかジョーカーただ一人が立っていた。

「さて、観客の皆様も一体となり、ウサギ狩りをお楽しみいただけたようですね」

ふざけた口上を述べ、歓声と罵声を浴びせる観客に優雅に一礼する。
「時計屋!しっかりしろ!今、応急処置をする!!」
ユリウスの黒い服は、赤い血でべっとりと濡れている。
「ああ……」
力なく答える。しかし胸の中には、じわじわと安堵が広がっていった。

――終わった……。

部下に命じ、三月ウサギを捕らえることができた。
ユリウスは静かに目を閉じる。
エースがどこにいるのか気になったが、確かめる余力はなかった。
だが自分は役目を果たすことが出来た。これ以上誇ることはない。

「これにてサーカスはおしまい。幕引きとなります!
またの機会、またのご来場を、心待ちにしております!」

道化の嘲笑が遠くに響く。

そしてユリウスの意識も、闇の中に沈んでいった。


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