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■ウサギ狩り・下

三月ウサギは、今にも仮面の男の頭を撃ち抜こうとしている。
ユリウスは、歓声のわくサーカスの中、舞台の方へ走――ろうとした。。
「時計屋!」
進めないと思っていたら、トカゲがユリウスの腕をつかんでいた。
とても強い力だった。
「時計屋!!危険だ!正気の沙汰ではない。それに、今からではもう――」
「離せっ!!」
怒鳴り声に、観戦を楽しんでいた周囲の者が、ギョッとしたように時計屋を見る。
自分のものとは思えない強い声だった。
ユリウスの勢いに驚いたのか、トカゲも目を見開く。
「時計屋。おまえ……まさか……」
なぜかその瞳にわずかな恐怖があった。
何が『まさか』だ。ユリウスはトカゲを睨む。
「勘違いするな。私は、三月ウサギに用事があるだけだ。
あんなふざけた仮面の男など、知ったことか」
そう吐き捨てて腕を動かした。
抵抗があるかと思われた。だが、トカゲはアッサリとユリウスを離す。
いや、力が抜けたように。手は腕をつかんだ形のまま、立ち尽くしていた。
あのトカゲの補佐官が、わずかな間だけ、放心しているように見えた。
「感謝している……すまない」
なぜかそう言わなければいけない気がした。
そして走り出す。
その後は誰の妨害も受けなかった。


「どけ……邪魔だ!!」
ユリウスは驚いた顔の顔なしたちをかきわけ、座席の端にたどりつく。
すでにかなりの者が『葬儀屋』の異常な行動に気づいていた。
呆れるくらいの数の視線を感じるが、どうでもいい。
ユリウスの視線はまっすぐに、通路を下りた先の舞台へ向く。
奇跡的なことに、仮面の馬鹿はまだ生きていた。
幸か不幸か、自分の主を狙われた三月ウサギは、すぐには男を始末せず、ネズミを
いたぶる猫のように、しばらく楽しんだらしい。
だが、わずかな延命の代償として、ローブのあちこちに赤い染みが見える。
それでもなお、仮面の男は反撃の機会をうかがっているようだった。
「これで、終わりだ」
三月ウサギは小悪党のようなことを言い、その銃口を仮面の男に向ける。
さらなる歓声。
だがユリウスも舞台の手前まで来ている。
もう自分と奴らの間を隔てるものは、客席と舞台を隔てるフェンスだけだ。

ユリウスは迷うことなくそこに手をかけ、飛び越えた。

わずかな浮遊感。そして靴が地面についた。

「――っ!?時計屋!?」

唐突な闖入者に、バッとこちらを見る三月ウサギ。
その顔には、憎悪よりも驚愕があった。
だがユリウスは三月ウサギと会話をする気はない。
三月ウサギ、ないし観客に撃たれるかもしれないと分かっていて、そのまま仮面の
男のもとへ走った。
「おいっ!!」
膝をつく仮面の男。そのかたわらにかがみ、顔をのぞきこむ。
「…………」
エースは、まだ笑顔を浮かべている。
そのあいまいな笑顔は、喜んでいるようにも責めているようにも見えた。
そして口元をわずかに動かし『帰れ』とだけ言う。
だがユリウスは立ち上がり、三月ウサギに向き直る。
「何だ、時計野郎、いきなり……」
驚きから回復した三月ウサギは、憎悪に顔を染めていく。
「まさか、そいつはおまえの差し金か?姑息な手を使いやがって……」
だがユリウスの方は、三月ウサギと大立ち回りをする気はなかった。
三月ウサギに、蜂の巣にされるより先に、ふところに手をつっこむ。

そして先ほど腕に触れた『物』を取り出し、会場中に見えるよう、高くかかげた。

観客にも意味が分からなかったのだろう。戸惑いを含むざわめきが聞こえる。
それはそうだ。
ユリウスがかかげたものは、これといった特徴のない、ただの『時計』だった。
「なんだ?頭がおかしくなったのか?ただの『時計』じゃ……」
いぶかしげに銃を向ける三月ウサギ。
「…………っ!」
その表情に、驚愕が走る。
「おい、てめえ、まさか……っ」
気がついたらしい。顔をサッと青くし、こちらに銃を構える。
だが三月ウサギの銃弾がこちらに掃射される前に、ユリウスも叫ぶ。
会場中に響き渡る声で怒鳴った。

「これはおまえの『親友』の役を継いだ時計だ!私が一から作り直した!!」

三月ウサギが破壊した時計。それをたいそうな手間暇かけて作り直したもの。
……だが何もサーカスで使おうと意図していたわけではない。
元はといえば、ユリウスの根暗な性格が元で、持ち歩いていたものだ。
以前、ユリウスは三月ウサギを捕らえようとし、逆に手ひどくいたぶられた。
その後『次に奴に会ったとき、せめてもの動揺を誘って捕らえる手段にしよう』と
思い、その時計を常に持ち歩いていた。
そしてその時計の効果はユリウスが想像していた以上だった。

銃が地面に落ちる音がした。


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