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■ウサギ狩り・中

仮面の男と三月ウサギが向き合っている。
むろん、血気はやって舞台に飛び込もうとした鉄砲玉は三月ウサギだけではない。
だが、それらの連中は、仮面の男によってことごとく撃たれ、動かなくなる。
仮面の男は、他の者が紛れ込むことを許さないつもりのようだった。
やがて、サーカスに不穏な静寂が戻っていく。
すると三月ウサギは、自分と仮面の男以外、誰もいない舞台を見回し、
「はっ!あいにくと、本物のウサギは檻に入らなかったようだな。
だが、帽子屋ファミリーのボスに銃を向けた落とし前、つけてもらうぜっ!!」
……どこからどう見てもウサギの男が吼えた。
そして三秒も待てない男は轟音をたて、銃を放った。


銃撃戦とあって、サーカスに歓声が響く。
観客は完全に『客』に戻り、スリリングな見世物を楽しんでいるようだった。
三月ウサギは仮面の男の銃撃を避けながら会場を走り、己も銃を乱射する。
「うちの奴らが何人犠牲になったと思ってるんだ!!
てめえ!本当にサーカスの奴なのか!?」
……しかも『本当に』仮面の男の正体が分からないらしい。
仮面の男は返答せず、不敵な笑みを浮かべ、応戦して銃を放つ。
「やられるかよ!!」
三月ウサギが高く跳ねる。
そして銃声と金属音がやかましく響いた。

「…………」
客席のユリウスは腕組みしたまま、苛々と身体をゆする。
何も心配することはない。客席からの銃撃は完全にやんでいる。
退屈を持てあます帽子屋のボスは、どうやら余興に乗ってやろうと決めたらしい。
双子に完璧に守られ、悠々と舞台を観戦していた。
そして他には、怪我人がうめく声や、動かぬ者を悼む声だけが聞こえる。
部下の荒っぽい手法には、後で説教を入れてやるしかない。
ユリウスは苦い思いを、いったん、時計の奥深くにおしこめることにした。
そしてユリウスは観客と共に、対決の行方を見守った。

…………

…………

サーカスの舞台では、銃撃戦が続いている。
だが腕組みをしたまま、ユリウスは苛々と身体を揺する。
「まずいな……時間がかかりすぎだ」
ユリウスの考えを代弁するように、トカゲが言った。
「グレイ、私も同感だ。始末するだけなら、可能だったかもしれないがな」
解説者気取りでナイトメアも述べる。
そう。戦いはまだ続いている。
しかしすでに、誰の目にも、仮面の男の目的が三月ウサギの殺害ではなく、生け捕り
だと知れていた。穴から引きずり出したものの、その後が長すぎるのだ。
冗長な銃撃戦だけが続き、仮面の男は決定打をつかみかねている。
気の短い観客はブーイングを飛ばし、たまに仮面の男を狙う銃撃まである。
仮面の男の顔には、未だ笑みが見られる。
だが、その動きは明らかに精彩を欠き始めていた。
そのとき、仮面の男の動きがわずかに遅れた。
銃弾が頬をかすめた。
ワアッと歓声が上がる。
――……っ!
ユリウスはとっさに立ち上がった。だが、
「時計屋。落ち着け」
「あ、ああ」
トカゲのたしなめる声で慌てて座る。だが、なぜだか平静ではいられなかった。
助力をすべきだろうか。内心迷っていると、トカゲが言う。
「止めておけ、時計屋。的になるようなものだ。それに……」
「わ、分かっている」
焦る心を見抜かれたらしい。ユリウスは座り直し、深く腰かける。
ユリウスは帽子屋ファミリー以外にも敵は多い。
出て行った瞬間に集中砲火を食らうだろう。
だからこそ、あの『馬鹿』は単独で動いているのかもしれないが。
「!!」
歓声が上がり、我に返る。
三月ウサギの銃弾が仮面の男の身体をかすったようだ。
汚れたローブに鮮やかな赤の染みが広がっていく。
だが男は止血するでもなく再び銃を撃つ。
――エース……。
ユリウスは考えないようにと、目を閉じる。
そして、奴の自業自得だと思おうとした。
事前に話してくれたら、対策を立てることが出来た。
にも関わらず、『上司』に何一つ相談はなかった。
――知ったことか。私の命令無しに勝手に動いて……。
一度、痛い目でも見ればいい。
音さえも感覚から遮断しようとした。
だが腕組みした腕に、『何か』が当たった。
ユリウスは無意識のうちにその場所、ふところに手を当てる。
そこには、ユリウスが念のためにと持ってきた『あるもの』がそこにあった。
――……エース。
遮断した視界の中で考える。
相談はなかったが、もしあったとしたら止めていた。
こんな大勢の中で捕らえようとするなど愚の骨頂でしかない。
三月ウサギを単独で引きずり出す方法は、簡単だ。
ユリウスが出て行けばいい。だがそれは、ユリウスの生命の危険を伴う。
――あの馬鹿……。
エースが負けるのか。そんなことはない。そのはずだ。
あの男はいつでも笑顔で、余裕の顔だった。トカゲに負けたが、それでも……。
今回も時計を保ち、自分のところに帰ってくるのか。本当に?
もし、そうではなかったら。二度と帰ってこなかったら。
また国が変わり、時計塔が出現して、自分はずっと一人でいる。
時計を一つ修理するたびに悔やむ。

サーカスのときに助けなかったことを、ただひたすらに後悔して、生き続ける――。

「――っ!」
一際大きな歓声が聞こえ、耐えきれず目を開けた。
舞台の中心部では仮面の男が片膝をついたところだった。

「ハッ。勢いだけだったな。手こずらせやがって……」
銃を向けた三月ウサギは勝利の笑みで、銃口を男の頭に向ける。
撃て、殺せ、と残酷に煽り立てる観客の歓声。
ハートの城の陣営は、相変わらず冷酷な沈黙を守っていた。

――エース……っ!

ユリウスは顔を青ざめさせ、凍りついたように動けなかった。
だがそのとき、仮面の男がわずかに顔を上げた。
視線は……まっすぐにユリウスを見ている。

『来るな』

とかすかに首を左右に振り――笑った。

「時計屋、よせ!!」
トカゲの声がする。気がつくとユリウスは走り出していた。

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