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■雪祭り

クローバーの塔の『雪祭り』会場。その中心部は塔周辺にあった。
が……そこには凄まじい造形の雪像しかなく、当然のことながら閑散としていた。
そして行き交う人もないその一角に、説教する声が響いていた。
「だから!骨組みをきちんと作れとアドバイスしてやっただろう!
何なんだ、この化け物の像の群れは!」
繊細な雪像ほど、地道な下準備が必要になる。
だがそこにあったのは、感性の赴くまま雪を固め、削ったとしか思えない不気味な
雪像の群れだった。
「い、いや、その、ちゃんと作ったつもり……だ」
グレイはいつになくタジタジな様子で、ユリウスの説教に冷や汗を流す。
ユリウスは不機嫌に、手近な大雪像を軽く叩き、
「こんな大きなものまで作って……ちゃんと一定時間帯置いて、凍らせてあるのか?
昼の時間帯が続いて、倒壊しても知らんぞ?」
「ええと、まあ急いで作ったが、強度に問題はない……はずだ」
「…………」
「……すまん、周辺を立ち入り禁止にしておく」
ユリウスに睨まれ、トカゲが肩を落とした。

…………

「ほら、時計屋」
グレイがお椀を渡してくる。
「ああ」
少ないながらも出店していた屋台から、トカゲが何かを買った。
黒い椀にはフタがついていたが、両手に持つと暖かく、何やら甘い匂いがする。
さっそく開けようとするユリウスに、
「ああ、この場で食べるのではない。あそこのカマクラに行こう」
ユリウスはうなずき、雪をざくざくと踏みながら、トカゲの後についていった。

そしてカマクラの一つでコタツに入り、ユリウスは絶句する。
「……氷の家を目指して、コレ、か?」
危うく箸を落とすところだった。
カマクラを作るのも労力がいったのだろうが、落差が凄まじすぎる。
「その、資料も取り寄せて、努力はしたのだが……」
トカゲは気まずくうなずきながら、屋台で買った汁粉をすすっていた。
――こんな惨憺たる結果になるなら、多少は仕切ってやるべきだったのでは……。
少し前まで、何かと援助を受けていた手前、チクリと罪悪感が時計を刺す。
気まずさを隠すため、汁粉の餅をすすり、トカゲの用意してくれた茶を飲む。

吐く息が白く、空気に溶けていく。ユリウスは最後の汁粉をすすり、茶を飲んだ。
「少し甘すぎるが、これはこれで身体の芯まで温まるな」
「そうか。喜んでもらえて光栄だ。俺の作ったものではないが……」
……何だかトカゲがネガティブな方向に走っている気もする。
「おい、おまえらしくもない。そう落ち込むな。
次の冬には上手くやればいいだろう」
「次の冬、か……」
トカゲが顔を上げた。
「ん?」
そのとき、時間帯が変わり、外の夕暮れがフッと闇になる。
一瞬の間を置き、あちこちに明かりが灯るのが見えた。
そしてトカゲがコタツから立ち上がった。
「時計屋。いい頃合いだ。おまえに見せたいものがある」
そう言って、カマクラを出、月夜の中に出ていった。

ユリウスは街路の光景に、驚いて目を見張る。
「これは……見事だな。これも雪祭りの催しの一つか?」
雪で出来た灯籠がひとけのない道の両脇に並んでいた。
単なる雪像と違い、灯籠には明かりが灯され、幻想的な風景を作っていた。
「いいや。雪祭りとは別のもの。『雪灯籠』というんだ。
ナイトメア様が土壇場で言い出されてな。市民に製作を呼びかけたり、業者に依頼
したり、それはもう大騒ぎだった」
「そうか。そんなことがあったのか」
雪祭りに加え、灯籠祭り。
夢魔の気まぐれに振り回される塔の者には、同情するしかない。
「本当はおまえにも頼みたかったが、長期不在中だったからな……」
エースに連れ回されていたことを遠回しに言われ、ユリウスは話をそらすことにした。
「いい加減に、あの芋虫に限度を教えてやれ。甘やかすから図に乗るんだ。
領主だから、何をしてもいいわけではないだろう」
「そうだな。最近は夢に逃げる時間が本当に長い。俺も困り果てている」
「夢から引きずり出せばいいだろう」
「ああ。分かってはいるんだが、どうも甘やかしてしまうようだ。おまえのように」
「……?私が誰を甘やかしているんだ」
「ハートの騎士だ。他に誰がいる」
吐き捨てるように言われ、ユリウスはトカゲを見た。
「そうだろう?ルールを重んじる側が、他の領土の者を使い、自分の領域に入れる。
これがルール違反でなくて何だというんだ」
「……ルールに背いてはいない。現に変装し『装っている』だろう」
「それが甘やかしているというんだ!」
怒声が雪の街路に響く。

「――っ!」

そして口づけられる。外という常識も働いたのか、ほんの一瞬だったが。
雪灯籠の明かりに照らされ、トカゲの瞳が凶暴に光る。
「俺は……おまえにとっては不満だったのか?ああ、そうだろうな。
俺はナイトメア様のため、と称してしばしばおまえを後回しにし、時には傷つけた」
――もしかして、さっきから落ち込んでいる原因は、それだったのか?
「お、おい、トカゲ。何か誤解しているようだが……」
というかその理由は『私より仕事が大事なのね』という女の悲嘆に酷似している。
しかしトカゲは真剣そのものの瞳で、ユリウスを見、長い髪を撫でる。
「騎士のように、自分の役目などどうでもいいくらい、おまえに尽くす男でなければ
おまえのお眼鏡にかなわなかったということなのか?」
……いや、エースは仕えるのために役を放棄したのではなく、役を放棄するため、
こちらに取り入った、と言う方が近いのだが。
説明不足もあって、トカゲは重大な誤解をしているようだ。
「いい加減に落ち着け、トカゲ。部下にはしたが、関係に同意したわけではない」
「くそぉ!」
怒声と共にトカゲの拳が、市民の努力の結晶であろう、雪灯籠の一つを破壊する。
――ああ、内部を氷で硬め、その周囲を雪で覆い、細かな細工をするのか。
氷までも砕いたトカゲに、ユリウスは逃避気味に考えた。そして、
「来い、時計屋」
トカゲがユリウスの手を引っ張り……歓楽街の方へ行く。
――普通ここは、あきらめて身を引く場面ではないか?
抵抗しようと無駄だろうし、頼りになる部下は迷子中だ。
ユリウスはあきらめてついていく。

部下を持ってもユリウス自身の非力さに、さしたる変化はない。

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